番外編 星に願いを――くずかご飾る七夕の夜
今回は番外編です。本編の間に起きた、ちょっと微笑ましい七夕の一幕。
将軍も節約主婦も、願いごとはやっぱり「お金」?
大奥の一角では、女中たちが色とりどりの短冊や折り紙飾りを囲み、にぎやかに七夕の準備を進めていた。
「ほらほら、星の形がいびつになってるよ」「あらやだ、紙が足りない! 誰か余ってる人ー!」
いつもは格式ばった大奥にも、この日ばかりは笑い声が飛び交い、年若い小女たちが廊下を駆け回っていた。
その時――
「おや、賑やかじゃのう」
ふいに聞こえた男の声に、その場の空気が凍りついた。
振り返ると、そこに立っていたのは紛れもなく、上様・徳川吉宗その人。
「上、様……!?」
女中たちは一斉に畳に手をつき、頭を垂れた。
「まあまあ、堅苦しいのはよい。たまたま通りかかったら楽しそうな声が聞こえてな。何をしておるのじゃ?」
年寄が慌てて応対しようとするより早く、一人の小女が元気よく叫んだ。
「七夕飾りを作っているのです! 上様も、お願いごとを書きませんか?」
その言葉に、周囲の女中たちも思わず顔を上げた。
吉宗は少しだけ驚いた顔をし、それからふっと笑った。
「願いごと、か……よいな。ひとつ、わしも混ぜてもらおうか」
吉宗はにこやかに言いながら、畳の上にしゃがみこむと、女中から筆と短冊を受け取った。
まわりの女たちは、そっと息をのむ。将軍の願いとは、一体どんなものだろうか――。
吉宗はしばし考えたあと、さらさらと筆を走らせた。
「……できたぞ」
その手に掲げられた短冊には、力強くこう書かれていた。
「幕府の財政が自然と潤いますように」
一瞬、静まり返った大奥に――
「……まあ、上様ったら」
「自然とってところが……いっそ清々しいですわね」
と、どっと笑いと共感の渦が巻き起こった。
吉宗が短冊を吊るし終えると、ふと足元に散らばる和紙の切れ端に目をとめた。
淡い色の紙くずが、風に揺られてふわりと舞う。
「……紙を無駄にしてはならぬな」
小さくつぶやくと、そばにあった端紙を拾い上げ、手の中で折り始める。
見よう見まねで、四角く、そして底を作るように、丁寧に折っていく。
「上様……な、なにをなさって……?」
戸惑う女中たちをよそに、吉宗は黙々と紙を折り重ねていく。
やがて小さなかごのようなものが完成し――そこに、他の紙くずをぽんと入れた。
「ふむ。名づけて――“くずかご”じゃ!」
その場にいた全員が、目を丸くした。
「まぁ……それ、素敵です!」
「くずかご……なるほど、紙屑を粗末にせず飾りに取り入れるとは……」
「上様のお心遣いが現れておりまする!」
「そなたらも作ってみるがよい。色とりどりで飾れば、見た目にも楽しいであろう」
吉宗の提案に、女中たちはさっそく手元の紙屑をかき集めはじめた。
やがて、くずかごは短冊や星飾りと並び、立派な七夕飾りの一部として吊るされていった。
その中の一つは、江戸城の門前に飾られた。
翌日、登城の折にそれを目にした町娘が言った。
「ねえ、あの小さなかご、かわいくない?」
「ほんと。和紙の端でできてる……これ、うちでも真似できるかも!」
こうして、大奥発の「くずかご飾り」は、町のあちこちへと広がっていった。
こうして、「くずかご飾り」は江戸の町に静かなブームを巻き起こした。
質素倹約をよしとする時代、無駄なく、美しく――
それもまた、吉宗流の“お楽しみ”であった。
「くずかご飾り」は、実際には後世に伝わる七夕飾りのひとつで、
七夕の飾り物を作る際に出た紙屑を捨てず、折り紙のかごに入れて一緒に飾った――という風習がありました。
「物を粗末にしない心を子どもたちに教えるため」などとも言われていますが、
本作ではこれをフィクションとして、吉宗発のアイデアという形に描いてみました。
江戸時代の七夕は、町中に華やかな飾りがあふれ、大奥でも行事として催されていたとされています。
武家社会の中にも、季節の節目に込められた願いと遊び心があった――
そんな空気を、少しでも感じていただければ幸いです。




