第45話 町を守るのは誰か
「上様、水野様、松平様、神尾様、石出様がいらっしゃいました」
「うむ、ご苦労。通せ」
間もなく、老中の水野忠之、松平乗邑、勘定奉行の神尾春央、北町奉行の石出帯刀が並んで控えた。
「急な召集で済まぬな。だが、早急に話を進めたい案件ゆえ……」
吉宗は皆の顔を順に見回し、口を開いた。
「実は、新たに“町火消し”を設けようと思うのだ。町人地からの出火による延焼を防ぐため、町人自身の手で守れる体制を――」
一同、顔を見合わせるも、反対の声はなかった。
「なるほど……町屋の火災は我々も頭を悩ませておりました」
「このところ火事が増え、定火消だけでは手が回らぬのは事実ですな」
「町人が主体となれば初動も早くなりましょう。必要な施策かと」
「……しかしながら、予算の捻出は困難を極めましょう。現状、余剰金はございませぬ」
「やはりそこが問題か……」
吉宗は腕を組み、深く息をついた。
「ならば、定火消の管轄に町火消しを組み込んではどうだ?」
そう言って顔を上げた吉宗に、一瞬、室内の空気が揺れた。
「上様、定火消はあくまで幕府の役職。武士の組織にございます。そこへ町人を加えるとなると、体制そのものを揺るがしかねませぬ」
「うむ……だが、町人の住まう町屋を幕府が守らぬというのは理が通らぬ。年貢や諸役で銭を納めてさせておいて、いざ火事となれば自らで守れとは……」
吉宗の目に不満の色が滲んだ。
「上様のお気持ちはごもっともにございます。しかしながら、町人を定火消の下に置くとなれば、組織の構造が崩れ、士分の面子も立ちませぬ」
「では、町奉行の管轄にして、臨時手当を支給してはどうか?町奉行所は庶民を預かる役目。そちらの筋であれば理も通ろう」
「恐れながら、それも難しゅうございます。奉行所もまた幕府の一部にて、町人を常時雇い入れることはできませぬ」
吉宗は唇を引き結んだ。だが、諦めきれず反論する。
「町奉行が町人と関わらぬ?岡っ引きはどうだ、あれも町人であろう。あれは良くて、火消しは不可とは……」
「上様……」
「岡っ引きはあくまで御用聞きとして、与力・同心の指示のもとに動いております。ですが町火消しは、火急の場において自ら判断し、行動せねばなりませぬ。岡っ引きのような“従属”ではなく、“独立”した存在ゆえ、より厳密な位置付けが求められます」
「つまり……幕府の中に置くのは、無理筋ということか」
「左様にございます。よって町火消しは、幕府の組織に含めず、あくまで“町の者による、町のための火消し”として、独立した形で置くのがよろしかろうかと」
吉宗は眉を寄せた。
「それでは資金は……」
「資金については、各町が自らで調達することに――」
「町の者に負担せよと?」
吉宗の心中は、怒りに沸いていた。税を取りながら、守る責任を負わぬ仕組みに。だが、それが“現実”という壁だった。
「上様。現時点でこれが、最も円滑に事を進める道と存じます」
吉宗はしばし沈黙し、深く息を吐いた。
「……そうか。では、そのように進めよ」
心では納得していない。だが、今は一歩ずつ進めるしかなかった。
*
老中たちとの話し合いが終わり、吉宗は静かに部屋へ戻った。
床に腰を下ろすと、そっと息を吐く。
「……税金を取りながら、火事は自分で消せ?なによそれ」
誰にともなく漏らした言葉は、どこにも届かず、ただ虚空に消える。
「定火消は武士の組織、町人は含められぬ。町奉行所も町人を雇えぬ。……だから町火消しは町で金を出して勝手にやれってか?」
拳をぎゅっと握りしめた。
「政府――いや、幕府とは、そんなにまで無責任なものなの?」
頭ではわかっている。制度も、伝統も、組織も、それぞれに成り立ちがある。
だが、納得はいかない。
胸の奥で、何かが燻っていた。
それは怒りとも、無力感とも、名付けようのないものだった。
ただひとつ確かなのは――このままではいけない、という思いだ。
今回は「町火消し」創設をめぐる幕閣との会議を描きました。
火事が多かった江戸では、火消しの整備は非常に重要な課題でした。ですが、現代の私たちが当然と考える「国(政府)が国民を守る」という感覚は、江戸幕府の仕組みでは通用しない部分も多かったようです。
幕府はあくまで“武士の組織”。町人は税(年貢や諸役)を納めていても、武家とは明確に区別されており、その町人を直接守る仕組みを幕府の中に置くことは「前例がない」「士分の矜持が立たぬ」として受け入れられません。
主婦として転生した吉宗は、つい現代の感覚で「それでも政府か!」と内心憤慨します。税を取っておいて火事は自分たちで消せ、なんて理不尽もいいところです。
……ですが、実際の「将軍」といえど、すべてをひっくり返せるほど自由ではありません。制度、身分、前例、既得権……あらゆるものが絡み合う中で、改革とは妥協と忍耐の連続だったのです。
吉宗はまだ納得していません。この“妥協”のままで終わるつもりもありません。
しかしまずは、「町の者による、町のための火消し」という新しい仕組みを形にするところから――。
次回は町名主たちとの話し合いです。
どうぞお楽しみに!




