第43話 吉宗主催婚活パーティー
紀州家旧江戸屋敷――
晴天の下、紅白の幕に囲まれた広間では、元・大奥の面々と選ばれし縁談候補たちが、緊張の面持ちで座していた。
「では、これより……第一回お見合い会、開幕でございます!」
進行役の滝川の声が響くと、どよめきが起きた。
「……ほんとに始まっちゃったわ」
「どうしよう、手が震える……!」
緊張とざわめきが入り混じる中、ふいに一人の浪人風の男が、裏手からするりと現れた。
「……ん? 誰だ?」
「失礼、ひと言だけよろしいかな」
滝川がぎょっと目をむく。
「そ、そのお声は……!」
「しっ、しっ、ばれてはならん。今日は“吉川徳宗”で通しておる」
ざわざわと波紋が広がる中、吉宗は前へ進み出て、広間の中央でくるりと向きを変えた。
「本日は、お集まりいただき感謝申す。そなたらにご紹介いたしたいのは――大奥で幾年も務め上げ、気品・礼儀・教養・働きぶり、いずれも折り紙付きの女子たちである」
元・大奥の女子たちがどよめく。
「料理が得意な者、裁縫に長けた者、和歌を嗜む者、算術に通じた者まで。そなたらの家を、必ずや明るく支えてくれること請け合いじゃ!」
「なるほど……噂に違わぬ、気品と所作だ」
「正直、緊張してたが……こりゃあ、下手な気持ちじゃ失礼ってもんだな」
「……覚悟を決めて臨むしかあるまい」
*
「上様!何をしておいでです!」
部屋から出る吉宗を追いかけた滝川、声をひそめながらも、顔は真っ青である。
「いや、すまぬ。……最後まで見届けねばと思ってな」
「まったく……心臓に悪うございます。お見合いの場に将軍自ら現れるなど、聞いたこともございません!」
「ふむ、だが余がすすめた縁談じゃ。最後まで面倒を見るのは当然ではないか?」
「はぁ……噂には聞いておりました。“突拍子もない御方”と……まさかこれほどとは……」
滝川が肩を落とすのを見て、吉宗は苦笑を浮かべながらひとつうなずいた。
「まあ、よいではないか。おかげで雰囲気も和んだようだしな」
「和ませるために将軍自らが飛び入りとは……まさに前代未聞にございます……」
*
先ほどまでの緊張が少しずつほぐれ、若い男女のあいだに、控えめながらも会話と笑みが広がっていく。
「こ、こんにちは。あの……お名前を伺っても?」
「お初と申します。元は……御中臈でございました」
「あ、ああ……なんと、お美しい。わ、私は京橋の薬種問屋、長崎屋の次男坊でして……」
思わず言葉を噛む若旦那に、お初はくすりと微笑む。
「緊張されてますね。私も、少しだけ」
「い、いや……こういう場は初めてでして。でも、まさか幕府のお墨付きだなんて……びっくりです」
一方、隅の席では、すこし年上の女性たちと、後添えを希望する武家の主たちが、穏やかに話を弾ませていた。
「妹が昔、大奥におりましたゆえ、奥勤めの方の気質はよう存じております」
「まあ……。それを聞いて安心いたしました」
やわらかい灯りが揺れるなか、酒はなく、出されるのは香ばしい煎茶と季節の和菓子。華美ではなく、慎ましく、それでいて丁寧な設えが、この場の誠実さを物語っていた。
時折、控えていた奉公人が静かに席を替えるよう促し、いくつかの縁が、少しずつ結ばれていく。
廊下の向こう、吉宗はその様子をそっと見守っていた。
「……悪くないのう」
その目には、どこか安堵と、ほんの少しの寂しさが滲んでいた。
思いのほか長くなってしまいましたが――
これにて「大奥改革編」、いったん終了です!
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