第40話 将軍の大奥改革の妙策
吉宗は帳簿の山をめくりながら、深くため息をついた。
(……やはり)
「久通、見よ。これが大奥にかかっている費用じゃ」
傍らに控えていた側用人が、すっと顔をのぞき込む。
「これは……相当な額にございますな」
「衣装、食事、部屋の維持費……人件費も莫大ね。やはり一番金がかかっているのは、大奥か……」
ページをぱたんと閉じ、吉宗は天井を仰いだ。
「わかっておる。贅沢は敵じゃ。しかし――」
「大奥に手をつけるのは、さすがに難しい……」
「どうしたものか……」
「しかし上様、このままでは財政は圧迫される一方。思い切った改革をされねばなりますまい」
「そうだな、久通」
「まずは、絶対に削れぬところから見極めましょう」
「天英院様と月光院様のお世話係は外せぬな」
「はい。あのお二方にはお世話になっておりますし、幕府の象徴でもあらせられます」
「ふむ……となれば、残りの人員か」
「では、どこを削るべきか……」
「上様、見目の良い若い女子から順にというのはいかがでしょうか」
「ん?……何故だ?」
「美しければすぐに嫁ぎ先も見つかりましょう。第二の人生も開けましょうぞ」
(………うわっ、久通、思ったより容赦ない……)
(でも、確かにその方が“円満リストラ”にはなるかもしれない)
(ただそれって……)
(残った人たちのメンタル、ボッコボコじゃない!?)
(去っても残っても地獄とか……もうどうすればいいのよ)
吉宗は胸の内でぼやきながら、咳払いをひとつ。
「――それでは、その方向で削減を進めよう。そうだな……人数は、約半分とするか」
「はっ」
「あとは、暇を出した者たちの行く末についても考えねばなるまいな。長く仕えてくれた者たちじゃ。見捨てるわけにはいかぬ」
「あとは、暇を出した者たちの行く末についても考えねばなるまいな。長く仕えてくれた者たちじゃ。見捨てるわけにはいかぬ」
「上様、何か良い案がおありで?」
「そうだな……」
吉宗は腕を組み、しばし考え込む。
(半数を暇に出すとなると、二千人くらい削減することになるわよね)
(改めて聞くとすごい数よね。いやもう規模が町内会どころじゃないわ)
(で、それだけの人数の結婚相手をいっぺんに見つけるって……)
(そうだわ!婚活パーティー! 前世では自治体主催のがあったし――)
「集団お見合いパーティーはどうだ?」
「は?」
「幕府主催で開催する。将軍のお墨付きとあらば、良家の若者もこぞって集まると思うがな」
「お、お見合いパーティー……ですか⁉︎」
側用人・久通が目を見開く。
「それは……一度に相手を見つけるには最適ではありますが……」
「よし、それで決まりだ! 老中に伝えよ。準備を急がせるのだ!」
久通は深くうなずきながら、ひそかに思う。
(なんというか、さすがは我らが上様……発想が斜め上だ……)
*
「……お見合いパーティー⁉︎」
老中・水野忠之が、思わず声を裏返らせた。
「上様は……本気なのか?」
「はい。幕府主催の“集団お見合い”にて、暇を出された大奥の女子たちの行く末を見守る、とのことです」
久通は、涼しい顔で淡々と答える。
「いや、待て待て……それはつまり、将軍自ら“婚活事業”を……?」
「“幕府の信頼回復と福祉政策の一環”とのお言葉でした」
「いや、いやいや!それは、どうやって開催するのだ!? 場所は?人数は?形式は?予算は!? ええい、そもそも“お見合いパーティー”とは何だ!」
「ご安心を。上様にはすでに明確な構想があるようです」
「そ、それは本当か……?」
「はい。将軍になる前から数々の奇抜な策を出されてきましたが、いずれも的を射ておられました」
「いや、しかし……いや、待て。だが……ううむ……」
水野忠之は額に手を当てて、ぐらりとよろめいた。
「将軍就任早々、最初の試練が“婚活事業”とはな……!」
「御家の再興と、女子たちの行く末を両立する政策。なかなか前代未聞にして、世情の風を読む妙策かと」
「……妙策か……ほんとうにそうなるといいがな……!」
こうして、幕府主催・前代未聞の“大奥婚活パーティー”が、密かに動き出したのであった――。
将軍が考えた大奥改革の“妙策”が、まさかの「お見合いパーティー」になるとは――
執筆しながら私もツッコミが止まりませんでした(笑)
面白かったと思っていただけたら、ブクマ・評価いただけると励みになります!