第4話 まさかの吉宗⁉︎それって私なの?
その日も、いつもと変わらぬ朝だった。
けれど、屋敷の空気には、どこか重たいものがあった。
使用人たちは声を潜めて動き、乳母たちは私の前では明るく振る舞っていたが、廊下の向こうでは何かをひそひそと話していた。
その日、私は初めて「殿の名代として、式典に顔を出すように」と命じられた。
(えっ、なんで私?)
私はいま、松平頼方として葛野藩を預かっているが、家督を継ぐような身分ではなかった。
もともと、父・光貞の後を継いだのは長兄の綱教。その綱教の弟・頼職が、今の紀州藩主だ。
私は三男坊。藩主の血筋ではあるけれど、家督とは遠いはずだった。
けれど――
「綱教様、薨去」
「そして、父君・光貞様も……」
さらに――
「頼職様、急逝」
その報が、立て続けに舞い込んだ。
(……え?)
あまりにも早すぎる死の連鎖。
まるで運命が大きな流れを変えようとしているかのように。
気づけば、紀州徳川家の男子は、私ひとりになっていた。
◆
屋敷の大広間に集められた家臣たちの前で、私はじっと座っていた。
張りつめた空気。深く頭を垂れる重臣たちの気配。
「このたび、松平頼方様は紀州藩第5代藩主になられます。」
(………………はい?)
一瞬、頭が真っ白になった。
え? 私? なんで?
いや、順番的にはわかるけど……本当に? 本当に私なの!?
――そんなわけで、江戸城へと呼ばれることになった。
藩主交代の報告と、拝謁。
つまり、将軍・綱吉様の前に出るという、大変に光栄で、大変に胃の痛くなるイベントである。
私は緊張の面持ちで謁見の間に通された。
ひんやりとした畳、きらびやかな屏風、控えの家臣たち。
言葉がない分、場の重みがひしひしと伝わってくる。
――と、張り詰めた静寂を破るように、声が響いた。
「上様のおな〜り〜!」
(ほんとに言ったー!!)
ビクッと体が跳ねる。扉が開き、一歩一歩、音を立てて将軍・綱吉様が現れる。
その場にいた全員が一斉に頭を下げた。
「面を上げい」
声に促され、恐る恐る顔を上げる。
綱吉様はじっと私を見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「綱教、光貞、頼職……いずれも、惜しい者を立て続けに失うこととなった。まこと、痛ましいことよ」
将軍・綱吉様は静かに語りはじめた。
だが――。
(……ヤバい、なんかいろいろ言われてるけど、緊張で全然頭に入ってこない……!)
おそらく今後の藩政に関わる大事なことを仰っていたのだと思う。
けれど、心臓の音がうるさすぎて、内容がまるで記憶に残らない。
そして、唐突にその言葉は来た。
「……そなたに、我が“綱吉”の“吉”の字を授けよう」
(……えっ?)
「以後、“吉宗”と名乗るがよい」
(吉宗⁉︎ ちょ、まって、今なんて言った!?)
動揺が顔に出たのか、綱吉様が首をかしげる。
「どうした? 嬉しくないのか?」
「い、いえ! 思いもよらず御名を賜りましたこと、あまりの光栄に……ただ、言葉が出なかったのでございます!」
なんとか必死に頭を下げ、畳に額がめり込みそうになりながら叫ぶ。
「ありがたきお言葉、この“吉宗”、誠心誠意を尽くし、綱吉様にお仕え申し上げます!」
背中に汗が流れ、正座の足はすでにしびれて感覚がない。
(――いや、無理! ほんとに無理! なんでこうなったの!?)
かくして私は、「吉宗」として、新たな人生を歩むことになったのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
スーパーの特売に燃えていた主婦が、まさかの江戸時代に転生して――
名前が変わり、立場が変わり、そしてとうとう「吉宗」と名乗ることに。
はい、タイトル回収です。
『節約主婦、気づけば吉宗になってました。将軍になるのはまだ先です。』
……まさにその通りの展開になりました(笑)
最初は短編として出したこの物語ですが、読者の皆さんの感想に背中を押されて、
こうして「吉宗になるまで」を描く連載に育ちました。ありがとうございます!
とはいえ、将軍になるのは、まだ先の話。
というわけで、まだまだ続きますので、
これからもよろしくお願いいたします♪




