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第4話 まさかの吉宗⁉︎それって私なの?

その日も、いつもと変わらぬ朝だった。


けれど、屋敷の空気には、どこか重たいものがあった。


使用人たちは声を潜めて動き、乳母たちは私の前では明るく振る舞っていたが、廊下の向こうでは何かをひそひそと話していた。


その日、私は初めて「殿の名代として、式典に顔を出すように」と命じられた。


(えっ、なんで私?)


私はいま、松平頼方(よりかた)として葛野藩(かずらのはん)を預かっているが、家督を継ぐような身分ではなかった。

もともと、父・光貞の後を継いだのは長兄の綱教(つなのり)。その綱教の弟・頼職(よりもと)が、今の紀州藩主だ。


私は三男坊。藩主の血筋ではあるけれど、家督とは遠いはずだった。


けれど――


「綱教様、薨去(こうきょ)


「そして、父君・光貞様も……」


さらに――


「頼職様、急逝」


その報が、立て続けに舞い込んだ。


(……え?)


あまりにも早すぎる死の連鎖。

まるで運命が大きな流れを変えようとしているかのように。


気づけば、紀州徳川家の男子は、私ひとりになっていた。



屋敷の大広間に集められた家臣たちの前で、私はじっと座っていた。


張りつめた空気。深く頭を垂れる重臣たちの気配。


「このたび、松平頼方様は紀州藩第5代藩主になられます。」


(………………はい?)


一瞬、頭が真っ白になった。


え? 私? なんで?

いや、順番的にはわかるけど……本当に? 本当に私なの!?


――そんなわけで、江戸城へと呼ばれることになった。

藩主交代の報告と、拝謁。

つまり、将軍・綱吉様の前に出るという、大変に光栄で、大変に胃の痛くなるイベントである。


私は緊張の面持ちで謁見の間に通された。

ひんやりとした畳、きらびやかな屏風、控えの家臣たち。

言葉がない分、場の重みがひしひしと伝わってくる。


――と、張り詰めた静寂を破るように、声が響いた。


「上様のおな〜り〜!」


(ほんとに言ったー!!)


ビクッと体が跳ねる。扉が開き、一歩一歩、音を立てて将軍・綱吉様が現れる。

その場にいた全員が一斉に頭を下げた。


「面を上げい」


声に促され、恐る恐る顔を上げる。


綱吉様はじっと私を見つめてから、ゆっくりと口を開いた。


「綱教、光貞、頼職……いずれも、惜しい者を立て続けに失うこととなった。まこと、痛ましいことよ」


将軍・綱吉様は静かに語りはじめた。

だが――。


(……ヤバい、なんかいろいろ言われてるけど、緊張で全然頭に入ってこない……!)


おそらく今後の藩政に関わる大事なことを仰っていたのだと思う。

けれど、心臓の音がうるさすぎて、内容がまるで記憶に残らない。


そして、唐突にその言葉は来た。


「……そなたに、我が“綱吉”の“吉”の字を授けよう」


(……えっ?)


「以後、“吉宗”と名乗るがよい」


(吉宗⁉︎ ちょ、まって、今なんて言った!?)


動揺が顔に出たのか、綱吉様が首をかしげる。


「どうした? 嬉しくないのか?」


「い、いえ! 思いもよらず御名を賜りましたこと、あまりの光栄に……ただ、言葉が出なかったのでございます!」


なんとか必死に頭を下げ、畳に額がめり込みそうになりながら叫ぶ。


「ありがたきお言葉、この“吉宗”、誠心誠意を尽くし、綱吉様にお仕え申し上げます!」


背中に汗が流れ、正座の足はすでにしびれて感覚がない。


(――いや、無理! ほんとに無理! なんでこうなったの!?)


かくして私は、「吉宗」として、新たな人生を歩むことになったのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


スーパーの特売に燃えていた主婦が、まさかの江戸時代に転生して――

名前が変わり、立場が変わり、そしてとうとう「吉宗」と名乗ることに。


はい、タイトル回収です。


『節約主婦、気づけば吉宗になってました。将軍になるのはまだ先です。』

……まさにその通りの展開になりました(笑)


最初は短編として出したこの物語ですが、読者の皆さんの感想に背中を押されて、

こうして「吉宗になるまで」を描く連載に育ちました。ありがとうございます!


とはいえ、将軍になるのは、まだ先の話。

というわけで、まだまだ続きますので、

これからもよろしくお願いいたします♪

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