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第36話 財政改革始動――参勤交代減免の策

収入、七十六万両。

支出、百四十万両。


「……はぁ」


(想像以上の大赤字じゃない……!)

(この差額じゃ、いくら支出を削っても焼け石に水よ)

(やっぱり、収入を増やさなきゃ……)

(でも、増税なんてしたら民の不満は確実……)

(私だって消費税が上がったとき、内閣に乗り込んでやろうかと思ったくらいだもの)

(でも、年貢率を上げずに税収を増やすかぁ。……難しいな)

(収入を増やすには、新しい税を考えるか、取りっぱぐれをなくすか……)


吉宗は机にひとつため息を落とし、ふと顔を上げた。


「久通、水野忠之を呼べ」


一礼し、すぐさま部屋を後にする久通。その背には、吉宗の厳しい横顔が静かに残されていた。



「水野様、おられますか」


久通が詰所の襖を静かに開けると、書状に目を通していた水野忠之が顔を上げた。


「これは……久通殿。どうかされましたか?」


「上様がお呼びです。至急、お部屋へお運び願いたいとのこと」


「上様が……?」

「承知いたしました。案内を願えますか」



江戸城・中奥。

障子越しに射し込む光の中、吉宗は静かに机に向かっていた。筆を握るでもなく、ただ、思案をめぐらせるように沈思している。


やがて、襖が静かに開く。


「水野忠之、参上つかまつりました」


「おお、忠之。忙しいところをすまぬな」


「いえ、上様の御用とあらば、何なりと」


吉宗は手元の帳簿をひとつ横に寄せ、忠之に向き直った。


「忠之、そろそろ財政にも本格的に手をつけねばと思っておる。だが……妙案が浮かばぬのだ」


顔を上げ、真剣な眼差しで忠之を見つめる。


「年貢率を上げれば、たしかに手っ取り早く収入は増える。だがそれでは民の暮らしが立ちゆかぬ。

中には田畑を捨て、夜逃げをする者も出てこよう。そうなっては、本末転倒だ」


吉宗は溜息まじりに言葉を継いだ。


「かといって、増税せずに収入を増やすとなると……さて、どうしたものか」


忠之はしばらく考え込み、やがて顔を上げて口を開いた。


「……上様。紀州時代、差上金を賦課されていたことがございましたね。家臣に寄付を募り、その代わりに返礼としてささやかな特典を設けるという施策」


吉宗は頷く。


「うむ。皆の協力もあり、あれで幾ばくかの資金が集まった」


「その仕組みを、大名に対して応用してみてはどうでしょうか」


「大名に?」


「はい。幕府に金子を差し出す代わりに、参勤交代を一定期間免除するのです。

参勤交代の費用は各藩にとって重荷。免除となれば藩にとっても助けとなりましょう。

その一方で幕府は現金収入を得られ、財政の立て直しにもつながります」


吉宗は目を細めて、ふむ……と顎に手を当てた。


「……なるほど、名目は『恩赦』だが、実のところは“代納”というわけか」


「お上の恩情として示せば、面子も立ちますし、強制にも見えますまい」


「ふむ、良い案だ……では、参勤交代に一年で一万両かかるなら、一万両で一年の免除というのはどうか?」


忠之はすかさず首を振った。


「それでは大名側に旨味がございません。単なる前払いと受け取られてしまいます」


「ふむ……確かにな。では、どうすればよい?」


「その件に関しては、私よりも松平乗邑殿の方が詳しゅうございます。石高と負担、参勤交代の実務に通じておられますゆえ」


「そうか……よし、久通。松平乗邑(のりさと)を呼べ」


「はっ」


久通は一礼し、その場をすぐに辞した。



「松平乗邑、参上仕りました」


「おお、乗邑か。忙しいところすまぬ。ちと知恵を借りたい」


「はっ。いかなるご用件にございましょう?」


吉宗は、今しがたの話を端的に伝えた。


「参勤交代を免除する代わりに差上金を募る――その際、大名方にも得を感じさせる形にできぬかと考えておる」


乗邑は静かに頷き、一呼吸置いてから口を開いた。


「例えば――大名に石高一万石につき百石の米を上納させる代わりに、参勤交代の際の江戸在府期間を半年に短縮するというのはいかがでしょう」


吉宗は腕を組み、顎に手を当ててうなった。


「百石の米か……金ではなく米。ふむ、それはなかなか妙案だな。米ならば相場に左右されず、備蓄としても役立つ」


松平乗邑が続けた。


「はい、上様。米であれば領民から直接集めた年貢のまま納められるため、藩にとっても負担感が薄くなります。しかも幕府側も、備蓄米として災害時や飢饉への備えにも活用できます」


水野忠之が補足する。


「参勤交代の在府期間を一年から半年に短縮すれば、大名の出費も抑えられましょうし、表向きは“将軍家の思いやり”として大名の体面も保てます。実質的には幕府の収入増、倹約にもつながります」


吉宗は満足そうに笑った。


「なるほど、良い……非常に良いぞ。倹約もできて、備えにもなり、大名も恩恵を受ける――まさに一挙三得だ」


そして、力強く言い放つ。


「これこそ“上米の制”よ。……よし、これをもって大名たちに通達せよ」



「はっ、かしこまりました」


こうして、吉宗は財政立て直しの第一歩を踏み出したのである。

今回取り上げたのは、吉宗の財政改革の柱とも言える「上米の制」です。


年貢率を上げず、しかも幕府の収入を増やすという離れ業。しかも、大名には“恩恵”として提示し、自発的に差し出させる。これはもう、増税のプロ……!


現代でも「増税」と聞くと眉をひそめたくなりますが、彼のやり方はとてもスマートで、むしろ感心してしまいました。


次回は「米価の安定」あたりに切り込む予定です。ここからが本格的な吉宗改革の幕開け……!


面白かったら、ぜひブクマ&評価よろしくお願いします!

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