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第3話 元服しても中身は主婦です

ある日突然、屋敷中が慌ただしくなった。


朝から人の出入りが多く、廊下を行き交う足音がやけに響く。

乳母や爺やも浮き足立っていて、なんとなく落ち着かない。


(ん? なんか今日、変な日?)


朝の白湯はぬるめで美味しかったし、着替えもいつもどおりだけど……

どうにもそわそわしていて、空気がざわついている。


そんな中、私は襖の向こうで誰かの声を聞いた。


「新之助様も、もうご年齢でございますからな……」


「はい、いよいよ元服の時期でございます」


(……げんぷく?)


聞き慣れない単語に、私は小さく首をかしげた。



その日の午後、私は洗い清められ、湯殿で髪を整えられた。


身体に合わせて仕立てられた紋付きの衣装に袖を通すと、重たくて肩がこる。


鏡の前に座らされると、まげを結われた自分がいた。


(ちょっと、待って? 誰、この武家の子みたいな人)


……いや、私だった。


かつてスーパーの特売チラシとにらめっこしながら、冷蔵庫と睨み合ってたあの私が、

いま、かみしも着て、格式高いお辞儀の仕方を稽古してるってどういうこと?


「……立派になられましたな、若様……」


乳母がうるうるしている横で、私はなんだか場違いな気分だった。


中身はスーパーで半額シールを追いかけてた主婦だよ?

外見だけ一人前って、詐欺では?



儀式の日は、晴れていた。


庭に張られた白い幕、儀礼服の家臣たち、厳かな祝詞。

全部が「私」に向けられていて、どうにもむずがゆい。


(え、ちょっと待って、これ何の儀式だっけ?)


「以後、名を“松平頼方よりかた”と改められます」


(……はい?)


聞き間違いかと思ったけど、周囲の人はみな、深々と頭を下げていた。


(頼方? え、新之助じゃないの? また名前変わるの!?)


そういえば、前も似たようなことがあったな……。

源六から新之助になったときも、こんな感じだった。


名前って、そんな頻繁に変わるものでしたっけ。

前世じゃ考えられないわよ。


(えーと、じゃあ、私は今日から頼方……うん、頼れる方ってことね。プレッシャー強いな)


でも、名前なんてどうでもいい。問題はこれから。


「若様は、これより葛野藩主として、家督を継がれます」


(………………はい??)


また重要な単語が聞こえた。


藩主? 家督? それってつまり……お殿様ってこと?


(いやいやいやいや、無理無理無理無理!!!)


だって私、元はただの主婦!

家計簿とにらめっこしてただけの、節約とコスパ重視の庶民ですよ!?


なのに、気づいたら若様になってて、気づいたら江戸にいて、気づいたらお殿様!?

元服ってそういう意味だったの!?


あまりに現実味がなさすぎて、私の中で「節約」も「主婦感」も全部ふっとんだ。


とりあえず今は、儀式が終わるまでの“耐えるフェーズ”らしい。


ぎこちなく頭を下げ、立ち居振る舞いを繰り返し、

私は静かに――とにかく静かに、成り行きに流されていた。



その夜、寝所でひとり、私は天井を見つめていた。


(……元服って、成人式みたいなもんだと思ってたけど……違ったな)


新しい名、新しい立場。

気づけば、「自分の意思」なんて挟む隙間もなく、ただ物事が進んでいた。


(しかも“頼方”って……絶対、何かを任される流れじゃない?)


(でもまあ……とりあえず、藩の台所事情とか、整理から始めたらいいのかな……)


頭のどこかで、自然とそんなことを考えてしまうあたり、

自分でも「少しずつ染まってきてるな」と思った。


けれど、このときの私はまだ知らなかった。


「頼方」という名前が、いずれ「徳川吉宗」へと変わり、

この時代を動かすほどの大改革へとつながっていくことを――。

第3話「元服」までお読みいただき、ありがとうございました!


今回はついに、新之助が「頼方」という新たな名前を授かり、葛野藩主としての人生をスタートする回でした。

とはいえ、本人はまだ完全に流されていて、自分の立場の重みも、時代背景もいまいちピンときていません(笑)


現代の感覚でいえば、いきなり就職どころか部長職に就かされたようなもの。

中身はまだ「まったりとした生活が一番」な節約気質の人なので、ギャップが楽しいところです。


元服という言葉は、現代ではあまり使われませんが、昔は子どもから大人へと「社会的に認められる」大事な儀式でした。

ここで名前が変わったり、役職についたり、人生がガラッと動き出すわけですね。


この物語の主人公も、「名前が変わったからって中身は変わらない!」と戸惑いながらも、少しずつ“責任”というものを意識し始めています。


次回は――

いよいよ、運命の「家督相続」……つまり、紀州藩主就任のときがやってきます。


そこで彼女が受け取る、ある名前。


それがまさかの……あの名前だったとは!


ということで、次回もどうぞお楽しみに!

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