第22話 お殿様と堆肥とカボチャの反乱
ある日、私は台所の隅で、野菜の皮や芯が無造作に桶へ放り込まれているのを目にした。
「……これ、全部捨ててるのか?」
料理人の一人が手を止めて、苦笑したように答える。
「いえ、お殿様。こちらは、下働きの者たちや、近隣の農家が引き取りに来ますゆえ。捨てるわけではございません」
(なんと……資源を回す仕組みが、もうできていたとは……)
しかし、その瞬間、私の中で何かがざわついた。
(だったら私も、もらって堆肥に使えばいいじゃない!)
そう、節約主婦だった前世の記憶がムクムクと頭をもたげてきたのだ。家庭菜園用の肥料を生ゴミでせっせと作ってだとかの記憶が。
それから私は密かに台所に通い生ゴミをもらっていた。
生ゴミを発酵させるのは、そう難しいことではなかった。
桶に土を入れ、台所からもらった野菜くずを重ねる。水分調整には、とぎ汁が大活躍だ。これも台所の片隅に置かれていたものを分けてもらった。
「ぬかがあれば最高なんだけど……この時代、貴重品なのよね」
しょんぼりしつつも、手元にあるもので工夫するのが節約主婦の真骨頂。土と野菜くず、とぎ汁を交互に重ね、空気を含ませながらよく混ぜる。あとは、数日おきに切り返して、発酵を進めるだけ。
「ふふ……この匂い、懐かしい……これは絶対うまくいくわ」
やがて、においがツンと酸っぱく変わり、発酵熱がほんのりと感じられるようになった頃、桶の中にはふかふかとした、黒い宝のような堆肥が出来上がっていた。
「ふふふ、良い仕上がりじゃ。 これはもう……畑の黒い宝石じゃ!」
私は満足げに笑いながら、スコップで堆肥を手に取ると、裏庭の菜園に運んでいく。土に混ぜて、畝を作って、植え付け準備は完璧。
(さて、何を植えようかしら……)
と、考えていたその時だった。
「……あら?」
目の端に、小さな緑の影。
「これ……芽?」
よく見ると、畝のあちこちから、にょきにょきと双葉が顔を出している。しかも、それが一か所や二か所ではない。
「ちょっと待って……私、まだ何も植えてないわよね!?」
思い当たる節がひとつ。
(もしかして……生ゴミの中に入ってた種、発芽したの!?)
さらによく観察すると、その芽はどうやら――かぼちゃ。トマト。ピーマン。
「まさか、全部発芽してる!?」
私は一瞬、間引こうとした。けれど――。
「……育てば、食べられるじゃない」
その一言で、理性があっさり敗北した。
⸻
それから数日後、私は空いた鉢や、塀のふち、はては庭先の花壇にまで苗を植え替えていた。
気づけば、お城の敷地のありとあらゆるスペースに、青々とした葉が広がっている。
「見よ、この素晴らしい畑を!」
誇らしげに語った私の背後には、蔓を伸ばし、葉を広げるかぼちゃの群れがそびえ立っていた。
満足げに畑を眺めている私の背後でふと声がかかった
「お殿様、大広間の縁側まで……蔓が……!」
「台所前の通路が、かぼちゃで通れませぬ!」
次々と上がる報告。
(やばい、少しやりすぎたかも)
ご覧いただきありがとうございます!
今回は番外編として、吉宗の“前世主婦スイッチ”が暴走(?)した堆肥&菜園回をお届けしました。
肥料って本当に奥が深くて、現代主婦の経験が江戸城でも活きる(はずが暴走)という展開に……。
ちなみに実際の江戸でも、野菜くずは農家が肥料として回収していたそうです。無駄がないって素敵ですね。
次回はもう少し真面目な話に戻るかもしれません(かぼちゃが収まれば)。
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