第20話 返礼品②節約お茶会の誤算
明後日に控えた返礼品茶会。その準備に、私は早朝から奔走していた。
「どくだみ茶……現代では健康茶として人気だったゆえ、きっと喜ばれるであろう」
私は袴の裾を少し持ち上げ、草履で歩きにくい城の敷地内を丁寧に見て回る。日の当たらぬ石垣の根元や、城の裏手の塀際――人の目につかぬ場所を中心に、あの独特の匂いを放つ草を探す。
「ふむ、ここか」
しゃがみこんで、慎重に葉を選びながら摘んでいく。葉の裏まで確認し、虫食いがないもの、色のよいものだけを選ぶ。私は摘んだ葉を腰の竹籠に入れていく。
(どくだみとて、ちゃんと処理すればそれなりに香ばしいお茶になる。……たぶん)
摘んだどくだみは、城の裏手に張った紐にひと房ずつ逆さにして吊るし、天日で干す。風通しのよい場所に並んだ束が、徐々に乾いてカラリと音を立てるまで、二日がかりだ。
そしてその日の夕刻、私は籠に乾燥したどくだみをたっぷりと詰め、調理場へと向かった。
「すまぬ。少しばかり、調理場を使わせて欲しい」
調理場では、すでに夕餉の準備が始まっていた。台所方の女中たちが、粉を捏ね、豆を炊き、にぎやかに働いている。
私がどくだみの束を持ち込むと、その手が止まった。
「殿……それは……どくだみ、でございますか?」
「そうじゃ。これを焙煎して茶とするのだ」
私は胸を張って答え、手ぬぐいをかけたままの作業台の隅に腰を下ろした。干し草のようにカサついたどくだみを、まな板の上で細かく刻み始める。慣れた手つきで包丁を操り、音も軽やかに刻んでいく。
「殿の……包丁さばき、我々よりも鮮やかでは……?」
「いや、拙者より上手かもしれぬ」
「当たり前じゃ。世を誰だと思うておる。……主婦歴十余年の手並み、舐めてはならぬ」
私は得意げに答え、刻んだどくだみを鍋に移すと、くるりと厨房を見回した。
「さて、火はどこかのう。空いておる竈はあるか?」
「し、しかし殿……今は夕餉の支度の真っ只中にござりますれば……」
「む……左様か。では仕方あるまい。部屋に戻って仕上げるとしよう」
私はすぐさま久通を呼びつけた。
「久通、我が部屋へ火鉢を持ち込むのじゃ。大きめの鍋も忘れるでないぞ」
「は、はぁ……?」
久通は困惑の色を浮かべつつも、従者としての務めを果たすべく動いていった。
数刻後、私の部屋では火鉢の上に鍋が据えられ、細かく刻んだどくだみが、じわじわと焙煎されていた。
「ふむ……この香ばしさ、まさに薬草の深み……」
私は満足げに鼻を鳴らした。
……が。
「……っ、ん? く、くさ……っ!」
部屋の外から、鼻をつまむ声が聞こえてきた。障子の向こうで行き交う足音が止まり、戸の隙間から「むわっ」とした異臭が漏れ出ていく。
(……あれ?)
「殿、……この匂いは……」
「お、おい、こっちの廊下、なんか変な臭いせんか?」
「うっ……な、なんじゃ、これは……!」
城中がざわつき始めた。どうやらどくだみを焙煎するという行為、それ自体が悪臭騒動を巻き起こしているらしい。
(まさか……これほどとは……)
私は気にならなかったが、思いのほか強烈な芳香――いや、臭気を放っていたらしい。
「……火鉢、外に出すかのう」
私はしれっと呟き、焙煎中の鍋を片手に、すました顔で廊下へと出ていった。
背後で久通が、鼻を押さえながら呟いた。
「……殿、これはもう“兵器”にございます……」
そして、お茶会当日――。
城の小広間に設けられた茶席には、質素ながら清潔感のある敷き物が敷かれ、小さな花瓶に野の花が飾られていた。そこに鎮座するのは、主催者たる私・吉宗と、いかにも“無理やり抽選で選ばれてしまった感”のある寄付者たち数名であった。
「本日はようこそお越しくださいました。では、早速お茶をお淹れいたしましょう」
私は満面の笑みでどくだみ茶の茶器を手に取る。昨日、悪臭騒動を起こしながらも、なんとか完成にこぎつけた焙煎どくだみ茶。色は悪くない。いや、香りも……慣れれば風情がある。たぶん。
参加者たちは正座してはいるが、どこかぎこちない。緊張しているのか、それとも覚悟を決めているのか。私はお構いなしに一人ひとりに茶を注いでいく。
「では、召し上がれ」
「……は、はは。いただきます」
一口。
――沈黙。
そして、そろりそろりと口に運ばれたお茶は、喉を通った瞬間、各々の表情をわずかに引きつらせた。
「う、うむ……体に良さそうな……味ですな……」
「いや、確かに草の……草原のような……」
「わしの祖母が病のときに煎じておった……懐かしい……ような……」
気を使っているのが丸わかりの感想が並ぶなか、私は満足げにうなずいた。
「ふむ、やはり素材の良さが活きておるな。手摘み、手焙煎。まさに自然の恵みよ」
その後も、お茶のおかわりを勧めたり、手作りの干し芋を配ったりと、茶会は粛々と進んだ。
……そして、お開きのとき。
参加者の一人が、帰り際にそっと声をかけてきた。
「殿、あの……本日はありがたいひとときを……その……ええと……」
「うむ、楽しんでくれたか? どくだみ茶もまた格別であろう?」
「……はい、実に貴重な体験でした」
そして、こっそり懐から封筒を差し出す。
「もし……次回も茶会がございましたら……寄付金、もう少し弾ませていただきますゆえ……どうか……次は、普通のお茶にしていただけませぬか……」
私は封筒を受け取り、ぽかんとした。
「……普通の、とは?」
「煎茶とか、せめて番茶とか……あの……香りがこう……穏やかなやつで……」
「あ、ああ……うむ。考慮しておこう」
(どくだみ茶……不評だったか……? いや、健康志向すぎたかもしれぬな)
私は封筒を持ったまま、少ししょんぼりと部屋に戻っていった。
その後――。
寄付金は地味に増えたが、どくだみ茶の評判は城中で「強すぎる」と語り継がれ、しばらくの間、「お殿様のお茶会」の話題が侍たちの間でちょっとした笑い話となったのだった。
何だかすごくはちゃめちゃな吉宗になってきましたが、皆さん楽しんでますか?
庶民出身(?)の主婦吉宗が、まじめに、そして全力で質素倹約&おもてなしに挑戦しております。どくだみ茶も、本人は大真面目。喜んでもらえると思ってやっているのですが、方向性がズレてる気がしないでも……。
それでも皆さんに「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけたら嬉しいです。
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