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第19話 返礼品①お礼状の落とし穴

拝啓

このたびは紀州藩の施策に御理解を賜り、厚く御礼申し上げ候。

領民一人ひとりの力が集まりてこそ、国の礎は盤石なるものと存じ奉る。

今後とも、民とともに歩み、倹約と誠実を旨としてまいり申す。

心より感謝の意を込め、ここに御礼申し上げ候。


敬具


〇〇年〇月〇日

紀州藩主 徳川吉宗 拝



「ふむ……お礼状の文面はこれでよいな」


筆を置いた私は、一枚の和紙を見つめながら満足げに頷いた。文面は丁寧に、かつ威厳をもって綴ったつもりである。


が――そこで、ふと気づいた。


「……待て。紙代がかかるではないか」


その瞬間、私の脳裏をよぎったのは、かつてのスーパーのチラシ裏をメモ用紙にしていた日々であった。紙はただではない。ましてや奉行所に回す文書でもない、返礼のためだけの私的な書状である。


「盲点であった……」


紙は貴重品。質の良い和紙となれば、それなりに値も張る。仮に寄付が百件も集まれば、それだけで百枚の和紙。墨だって、筆だって、使えば減る。地味だが確実に、コストが嵩む。


「紙……持参してもらうか?」


真顔でつぶやいた私の独り言に、そっと現れた久通が反応した。


「殿……まさかとは思いますが、今のお言葉、本気で?」


「冗談じゃ。……半分はの」


私は苦笑しつつも、筆を持ち直して紙を見つめた。やはり和紙は高い。


「ならば……裏紙はどうじゃ?」


「う、裏紙でございますか……?」


久通の顔がぴくりと引きつる。


「使い終えた古文書の裏など、白い部分もある。無駄にせず再利用するのは良いことじゃろう? そなたも“もったいない”の心を忘れてはならぬぞ」


「も、もちろんでございますが……しかし、それでは殿のお礼状が……なんと申しますか、“領主の品格”というものが……」


「では裏紙の中でも、なるべく“墨の薄い”やつを選べば良かろう?」


「……はあ」


「文面がしっかり読めれば、裏が多少汚れておろうが気にはなるまい」


「いや、なると思われまする」


「む。では、“古文書の裏に殿直筆の礼状”ということで、むしろ価値が上がるかもしれぬぞ? ほれ、骨董屋が騒ぐかもしれん」


「そ、そこまで行きますと……逆に新しいのを使った方が安上がりかと……」


「むぅ……」


机の上の和紙と、棚の隅に置かれた使い古しの巻物を見比べながら、私は再び悩み始めた。



「……やはり、真新しい紙にするしかあるまい」


私は渋々ながら、机の引き出しから和紙の束を取り出す。まっさらな上質紙。正直、これを使うのは悔しい。


「まったく……何が“殿の品格”じゃ。裏紙で充分であろうに」


筆を構えながら、ぶつぶつと愚痴をこぼす。


「だいたい、どうせ皆読まずにしまっておくのじゃろ? それとも、あれか? “これが殿の筆跡”とでも言って飾るつもりか? ならばいっそ印刷にすればよいのに……」


「しかし、直筆であることが“返礼品”の価値なのでございます」


脇でお茶を差し出した久通が、そっと釘を刺してくる。


「わかっておる。だから書いておるのじゃ……」


心の中では「一枚いくらすると思ってるのよ……」と主婦魂が呻いていたが、表情は一応、殿の威厳を保っていた。


そして、墨をつけ、さらさらと筆を走らせる。

返礼品として用意された吉宗直筆のお礼状。

気持ちは込めたものの――問題は紙。


この時代の紙って高いんですよね。しかもお城で使う和紙ともなれば、それはもう上質な高級品。

節約のために始めた施策のはずが、思わぬ出費に「とほほ…」な吉宗でした(笑)


まじめに倹約を目指してるのに、どこかずれてる。そんな殿様ですが、温かく見守っていただけたら嬉しいです。


次回は、いよいよ“あの”お茶会回!お楽しみに。


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