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第11話 待ち望んだ帰還、お国入りへ

震災から三年——


あれから、幾度となくお国入りを願い出てきた。だが、返ってくるのは決まって冷たい返答だった。


『今は情勢が不安定ゆえ、御三家のひとつが江戸を離れるのは許されぬ』


『民心を保つためにも、御家中は江戸に控えよ』


「はぁ……またか」


何度願いを出しても、跳ね返される日々。


いつになったら、帰れるのか。


紀州の民は、今どうしているのだろうか。

寒さをしのぎ、温かい食事を口にできているのだろうか。

夜は、せめて乾いた布団で眠れているのだろうか。

病に倒れて、薬もなく苦しんではいまいか……。


考えれば考えるほど胸が痛む。

けれど、今はそれを顔に出すこともできない。


ここは江戸。

私は紀州徳川家の藩主。


感情を表に出すわけにはいかない。


私は黙って、いつものように、幕府からの書状を受け取り、黙って、それを閉じた。


そんなある日の朝。


「殿。老中より、お達しが参りました」


側近が手にした書状を差し出す。

その封を切り、私は息をのんだ。


「……明日午前、登城せよ、か」


「お国入りの許可が……?」


「それはまだ分からぬ。しかし——」


翌朝。


私は登城の衣を身につけ、重い空気の中、江戸城へと向かった。


薄暗い城内、敷かれた畳の匂い。待機の間でじっと座していると、時間が歪むようだった。


(まさかまた……却下ではあるまいな)


家臣が一礼し、扉が開かれる。


「紀州藩主、吉宗公。お進みくだされ」


呼ばれた。私は静かに立ち上がり、一歩ずつ、上段の間へと進む。


御簾の奥から、将軍の重々しい声が響いた。


「紀州藩主吉宗。幾度の願い、しかと届いておる」


私の心臓が、どくんと跳ねた。


「そなたの誠、忠義、志、すべて見届けた。——よって、宝永七年三月、そなたの紀州お国入り、これを許す」


(……許された)


私は深く頭を垂れた。震えそうになる声を抑え、精一杯の礼を述べる。


「恐悦至極に存じます。感謝の念に堪えませぬ」


退席を許されると、私は静かに頭を下げ、廊下へと戻る。


まばゆい朝日が障子の向こうに差し込んでいた。


ようやく、帰れる。


ようやく、民の元へ行ける。


私は心の中で、深く深く、つぶやいた。


——待たせたな。いま、行くぞ。



江戸城を後にし、屋敷に戻ると、家臣たちが出迎えに並んでいた。

「——お国入りの許可が出た」

吉宗の一言に、どよめきが走る。

「直ちに準備いたします!」

「馬も駕籠も、今夜のうちに整えさせましょう」


「殿……ようやく、ですな」

「……あぁ。長かった……あまりにも、な」



行李が次々と運び出され、米俵、薬種、着替え、帳簿……。


「……米は、もう一俵積めぬか?」

「駄目です、馬の背がもたぬ。代わりに乾物を増やしましょう」

「湯屋で使う火鉢は?」

「それより薬箱を優先せよ。あちらは寒い。風邪が広まっていると聞いた」

「道中、雨の恐れもあります。蓑と笠を全員分――」

「それに脚絆。紀州まで十日、足を痛めては本末転倒ですぞ」


使用人も家臣も、皆せわしなく動き、屋敷はまるで蜂の巣のようだった。

それでも、その顔にはどこか晴れやかな色が浮かんでいた。

待ち望んでいた日が、ついに来たのだ。


夜が明けた頃、駕籠の前に立った吉宗は、屋敷を振り返った。

「行ってまいる」

そして一歩、足を踏み出した。

——目指すは、我が故郷・紀州。

民の待つ地へ。


やっと、やっと許可が出ました!


ほんと遅いよ!

現代なら災害当日に現地入りしてるってば!

知事が3年も動けなかったら、ニュースでもネットでも袋叩き間違いなしです。


江戸時代って……不便!!!(いや、分かってたけど!)


そんなわけで、次回はいよいよお国入り。

長かった江戸生活とも、ひとまずお別れです。


ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!

面白かった・続きを読みたいと思ってくださったら、ブクマ・評価・感想などいただけると励みになります♪


それではまた次回、紀州でお会いしましょう!

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