戦果の先で
初めての執筆です。
至らぬ点が多々あるかと思いますが暖かい目で応援して頂けると幸いです。
風は生ぬるく、鉄と血の匂いを運んでくる。
――また生き残った。
あれほど激しかった戦闘の痕跡は、今や灰のような沈黙の中に沈んでいた。焼け焦げた戦車の残骸。黒く変色した地面。吹き飛んだコンクリート壁。その隙間に転がる無数の防衛軍兵士の亡骸。
柊蒼夜は、膝をついていた。
破れた軍服。血に濡れた手。肩から背中にかけて走る裂傷が疼き、呼吸のたびに肺が焼けるようだった。
それでも、生きていた。
「……みんな……」
震える声が喉をかすめる。名前を呼びかけようとしても、誰も答えなかった。中隊、仲間たちは全滅した。
激戦の最中、手から離れた35式特殊軍刀を、足を引きずって探しだし鞘に納める。ふと目を上げると東京防衛陸軍の後方支援部隊から回収車がこちらに向かってきているのが見える。
蒼夜はただ静かに叫ぶしかなかった。
10年前、群馬県前橋市郊外に巨大な門、禍門〈カモン〉が突如現れ開いた。あふれるほどの魔物が門から現れた。翼竜型、獣型、人型などの人外の戦力に北関東はあっと言う間に支配された。それに対し臨時政府は東京を中心に関東平野南部を囲う壁を築いた。
『アークウォール』
それが、今の日本人の檻の名前だ。
東京、埼玉、千葉、神奈川の一部。今やこの“壁内”だけが、関東で人間がまともに暮らせる最後の砦だった。
最後の砦を守るのは東京防衛軍。柊蒼夜は防衛軍で戦う17歳の少年兵だ。
3カ月後。立川陸軍基地。
この基地を本拠地にするのは第14陸戦連隊。総勢6000人を従える連隊長は桧垣宗太郎一等陸佐。桧垣は連隊に配属される隊員の情報に目を通していた。
柊蒼夜一等陸士。17歳。身長165cm。紫石感応度35%。近接戦闘に長けており柴石を通した異能は闇属性。埼玉県にて勃発した川越防衛戦で初陣を果たし生き残る。以後埼玉方面での戦果を挙げ、川越陥落時に中隊で唯一生き残る。
なるほど、おもしろい。
桧垣は端末から目を外し、目の前の蒼夜に視線を向ける。背格好は桧垣の息子より少し高いくらいだが、体格は筋肉質で目つきは暗く闇に満ちている。とても年相応な子供には見えない。数多の激戦を潜り抜けて仲間の死を見すぎた少年を哀れだと桧垣は思った。
「柊、休め」
蒼夜は敬礼の態勢から両腕を腰に据えて直立不動になる。
「お前の配属予定の小隊は第17特殊近接小隊だ。隊長と副長を除けば全員お前と同じ10代。ようは捨て石のような扱いを生き抜いた猛者たちで構成されている」
少年兵の集まりか。珍しいな。蒼夜はそんなことを考えながら桧垣の説明に耳を傾ける。
「単独での討伐任務が多いため、個人の能力への評価と小隊長からの要請による異動だ。部屋の外に小隊長が控えているから、後のことはそいつに聞け。以上だ」
「はっ!失礼します!」
蒼夜は再度桧垣に敬礼を送り部屋を退出した。ドアを閉じたところで背後から若い男の声が投げられた。
「お前が柊蒼夜か。俺は東堂正人。第17特殊近接小隊の隊長だ。よろしくな!」
声の方へ体を向けると蒼夜より少し背の高い兵士が立っていた。表情は優しい雰囲気を見せている。だが体格と雰囲気からは獰猛な戦士の香りがする。
「柊蒼夜一等陸士です。よろしくお願いします」
「おう、先の防衛戦は大変だったな。怪我とかはもういいのか?」
「ご心配ありがとうございます。昨日、軍医から復帰許可が下りたため本日配属となりました」
「そうか。ま、とりあえず小隊のメンバーと顔合わせするぞ」
「はい、よろしくお願いします」
二人は基地の西にある小さな訓練施設へ向かった。
立川基地はアークウォールのすぐそばに設置されており日光が入りにくいが、ここはより一層暗い雰囲気を漂わせている。
広さは縦横100mほどの規模で使い古された建物だ。所々ペンキが剥がれているが、訓練施設としては十分機能するだろう。
「蒼夜、ここが俺たちのたまり場だ。任務の時以外ここで訓練なり飯なり好きに過ごしていいぞ」
「了解しました」
正人は蒼夜を見てニカッと笑って施設のドアを開ける。
「ようこそうちに小隊へ!歓迎する」
ドアをくぐった先には10名の少年少女と副官らしく女性が立っていた。そして手に持ったクラッカーで歓迎の祝砲を上げた。
「ようこそ!柊くん!」
おそらく全員分の声だろう。祝砲とともに歓迎の言葉を投げられた蒼夜は困惑の色を浮かべた。
「びっくりしたろ?みんなお前が来るのを待ってたんだぜ」
正人が笑いながら説明してくれた。小隊メンバーの方に視線を向けると皆笑顔を浮かべている。
眩しいな。蒼夜はそう感じながら色を出さない顔で端的に言った。
「ありがとうございます。柊蒼夜一等陸士です。よろしくお願いします」
軽い会釈をし正人に視線を向けると少し寂しそうな表情を見せ、すぐに笑顔を作りテーブルを指さした。
「蒼夜、歓迎会をするからそこの席に着け。よーしみんな飯食うぞー!」
「了解です」
「はーい」
「柊くん早くこっちおいでー」
正人の号令で各々が動き出し簡易的な歓迎会の準備をすぐに終えた。
蒼夜は案内された通り席に着き差し出されたプレートを見下ろす。
合成肉ではない本物の肉が素焼きで置かれていた。アークウォールが建造されてから食料プラントで合成された肉と野菜しか食料がないこの壁内ではめずらしい。
横を見ると同世代の女性隊員が笑顔を向けていた。
「柊くんは合成肉じゃないお肉食べたことある?」
「以前いた部隊でたまに食べたことがあります」
壁外で任務があった時、帰投前に狩りをしてその場で焼いて食べたことを思い出して蒼夜は少し寂しくなる。あの頃の仲間はみんな死んでしまった。
「そうなんだー!うちの小隊はよく壁外にいくからお肉いっぱい食べれるよ!」
女性隊員は心底嬉しそうにしている。
「あ、ごめん自己紹介まだだったね!私は錦戸美咲!よろしくね!」
「よろしくお願いします」
美咲がまた口を開こうとした瞬間、反対側から声をかけられた。
「俺は九条來だ。この小隊で唯一の狙撃手だ。サポートは任せてね」
來の方を向く。彼は凛々しい雰囲気があるが優しい目をしていた。髪を伸ばしておしゃれにセットしている。
「よろしくお願いします」
蒼夜は今日何度目かの同じセリフを述べ再度お肉に目を向ける。
「どうやら、蒼夜が食べたそうにしてるから食うぞ~」
正人の言葉にどっと笑いが起きた。そして手を合わせて。
「いただきます」
隊員全員が声を揃えて言った。
蒼夜は他の隊員がごはんに手を付けるのを待ってからナイフとフォークを持ち細かく切って口に運ぶ。
「柊、うまいか?」
長テーブルの正面に座っていた少年に聞かれた。
「はい、美味しいです」
「そうかよかった!この肉俺が焼いたんだ。俺は相沢陸だ。こう見えて調理担当でもあるぞ!」
こう見えて。確かに料理するようには見えない。金髪で盛り上がるほどの筋肉だ。作るより食べる方が似合っていそうだ。
そんな感想を抱いた蒼夜に他のメンバーが自己紹介をし始めた。
月城玲、霧島陽斗、榊原美月、宮園ほのか、鳴海一馬、結城楓、神谷志信。それから副官の如月凛花。蒼夜はとりあえず名前を覚えるのに必死だった。
しばらく談笑という名の蒼夜への尋問が続いた。
「それで蒼夜君は何もない日は何をしてるの?」
いつの間にか柊君呼びから蒼夜君呼びになった美咲は興味津々になって聞く。
「刀を振っています」
「え?それだけ?」
「はい」
美咲は微妙な反応しかできなかった。
途端、基地全体に警報が鳴り響いた。
『魔物襲撃を確認、第17特殊近接小隊は出動。他部隊は出撃準備を整え次第迎撃に迎え』
「ご指名だみんな。行くぞ」
小隊の雰囲気が一気に変わる。蒼夜は肌で感じた。彼らは強い、と。




