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巨躯の夢、ふたたび

作者: 4MB!T

この短編は、"『宝石がなきゃ魔法は使えない』って誰が決めたの?"の世界を舞台にした、登場人物・トーヤを主軸とした物語です。


本編を未読の方にも楽しんでいただけるよう、魔法と宝石の関係性や登場人物の背景は作中で丁寧に描いています。

この物語では、「魔法を破壊や戦いのためだけでなく、運動や支援の技術に活かしたい」と願うトーヤと、彼の故郷に暮らす技術者の叔父・ヘルメスが、とある夢を形にしようとする姿を描きます。

 巨躯の夢、ふたたび

 鉄と魔力のにおいが、風に乗って鼻をついた。

 山あいの細道を歩きながら、トーヤは懐かしげに深呼吸をひとつする。


 ここは彼の故郷。正式名称など誰も気にせず、ただ「村」と呼ぶこの場所は、見た目こそ素朴な山村の佇まいをしているが、実のところ魔法技術の一分野――とりわけ「魔法工業」の発展においては、国内でも指折りの実力を秘めた地域である。


 その理由は明確だった。

 この村には、“外に漏れない”技術がある。秘匿された工房の中で、家々の手元で、口伝と研鑽によって伝えられてきた独自の工法。そのほとんどは、世間の魔術師たちが知る魔法理論から大きく逸脱していた。


 魔法は宝石を媒介とし、魔力を通して発現するもの――それが、この世界における常識だった。

 宝石の質と構造が、精霊との接続性を定める。魔法とはすなわち、精霊との“一時的な契約”によって成立する、高度に規格化された力の行使手段なのである。


 だがこの村の技術は、宝石を通す魔力を一方向的な消費としてではなく、構造体の一部として“循環”させ、鉄や木をも動かす力へと転用する。魔法をエネルギーではなく“運動”とみなす発想は、学院では異端視されがちだったが――


「……だからこそ、俺はここで育ててもらったのかもな」


 誰に聞かせるでもなく呟いた言葉が、夏草に吸い込まれる。


 トーヤは今、名門学院の一年生として日々を過ごしていた。

「宝石なくして魔法は使えぬ」と言われるこの世界において、彼は“魔法を運動に活かす”という志を抱いていた。戦うためでも、破壊するためでもない。魔法を通して、誰もが自由に身体を動かせる――非接触の運動技術を築くために。


 その夢の源にあるのが、この村だった。


「……おい、来たか、トーヤ!」


 広場の奥、鉄骨と煙突の入り混じった工房から、太い声が響いた。

 姿を見せたのは、彼の叔父・ヘルメスである。


 髪に鉄粉を散らし、上半身裸のまま皮エプロンを着けたその男は、いかにも鍛冶職といった風貌だったが、ただの職人ではなかった。村の技術発展において、ヘルメスの名は欠かせない。彼は多くの機構を独自設計し、それを「魔力循環装置」として完成させてきた技術者である。


「学院はどうだ? 宝石ばっかり使わされてるか?」


「まあね。ちゃんと使えば、あれはあれで便利だよ。でも、こっちに帰ってくると落ち着く」


「ほう、言うようになったな。なら、手伝ってくれ。仕上げ前のやつがある」


 そう言って連れていかれた工房の最奥。

 トーヤは、息を呑んだ。


 そこにあったのは――巨大な人型の“骨格”だった。


 金属で組まれたフレームには、魔力導線のように宝石が細かく刻み込まれている。関節部は丸く膨らみ、油と魔法の滑走を前提に作られているのが見て取れた。これはただの装飾品ではない。明らかに、搭乗して操縦することを前提とした「人型機構」だった。


「……乗って動かすつもりなの?」


「ああ、そいつが狙いだ」


 言いながら、ヘルメスはフレームのひとつに手を置く。


「だが、うまくいかん。構造はできた。宝石の位置も考えたつもりだ。でも、歩こうとすると転ぶ。動きが噛み合わないんだ。力を入れれば入れるほど、脚が先に崩れる」


「魔力の伝達……まさか一斉に流してない?」


「ん? そうだが?」


「それじゃダメだよ」

 トーヤは、腕を組みながら見上げる。


「人間の動きって、筋肉が同時に動いてるようでいて、ほんとは一瞬ずつズレてる。身体強化魔法を研究したとき、同じことがあった。魔力を小刻みに区切って、順番に流すと、負担が一気に減ったんだ。魔法って、構造を理解して組んでやらないと、力が潰しあうんだよ」


「……なるほどな」


 ヘルメスの目が、まるで昔を懐かしむように細められる。

 この村に来る以前――彼には、別の人生があった。

 異なる空の下、異なる重力の中、彼はかつて人の形をした機械を生み出す研究をしていた。多関節を持ち、搭乗者の意思を伝えて動く鋼鉄の巨人。

 だが、夢半ばで目を閉じたとき、彼はこの世界に“生まれなおして”いた。


 そして、今度こそ完成させようとしている。

 あのとき夢見た、“人が動かす巨躯”を。


 その志に、今また、少年が応えようとしていた。


「このあたりに、制御宝石をもうひとつ追加しよう。分岐も……うん、こう。ここを連動制御に変えれば、たぶん――」


 トーヤは即興で魔法陣を書き出し、ヘルメスはそれを即座に実装する。


 二人の作業は、昼夜を問わず続いた。

 鉄と汗と魔力の循環。その間、語られることのない過去と、口にしない未来の夢が、静かに流れていった。


 そして、数日後――


「……通すぞ、魔力!」


「はい!」


 最後の起動。工房の中央、完成した巨体に魔力が流れ込む。


 軋む音。鳴る魔法石。

 そのすべてが、静寂の中に交じる。


 そして、金属の足が、一歩を踏み出した。


「……っ、歩いた……!」


 ヘルメスの声が、歓喜と驚きに震えていた。


 魔力と構造が、ようやく一つになったのだ。

 この世界で初めて、“歩く”ために造られた人型が、その身を支え、地を踏みしめた。


 それを見上げながら、トーヤは思う。


(これが……俺の目指す“魔法”の、かたちだ)


 破壊でも戦闘でもない。

 魔法が運動を支える未来。


 少年の夢と、かつて夢見た男の記憶が、交差した。


 巨躯の歩みは、まだぎこちない。だがその一歩は、確かに前へと進んでいた。

4MB!Tアンビットと言います。

本短編「巨躯の夢、ふたたび」をお読みいただき、ありがとうございました。


今回は『宝石がなきゃ魔法は使えない』本編でも独自の目標を持ち、どこか穏やかに夢を追う少年・トーヤに焦点を当てた一編でした。彼の目指す「非接触運動への魔法応用」というテーマは、実は物語世界でもまだ珍しく、彼自身も“主流ではない道”を歩いています。


そんな彼の原点にある「村の技術」、そして叔父・ヘルメスとの関係に触れることで、より深く彼の人柄と理想が浮かび上がるのではと思い、本作を書きました。


また、ヘルメスという人物の背景にもわずかに“別の世界”の記憶を滲ませています。

本編で描かれない静かなレイヤーのひとつとして、彼の存在がトーヤの未来とどう交差していくのか――今後の展開でも楽しみにしていただけたら幸いです。


それでは、また次の物語で。

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