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7  何もせずというわけにはいかないのです。

「素敵……これが、これが街というものなのでしょうか!」


 あれから歩いて、ニ日間――確かにニ日は経過していたはずです。

 その後、謎の追跡者の襲撃はありませんでした。危なげなく――とまでは決して言い切れませんね、小さな身なりで有りながら鈍器のような武器を振り回す血色の悪い人型の魔物。

 イシュー様曰く、それが小鬼(ゴブリン)である、と言われてみれば確かに聞いたことのある覚えがありますが、王宮における私の教育係はとても熱心とは言えず――それもそのはず、死神憑きの子供の教育など怖くて出来ることなら彼らとて避けたかったのでしょう。


 とは言えそんな事とはつゆ知らず。あまりの恐ろしさに腰を抜かしていると、風の様に剣を操って一瞬のうちに切り伏せてしまったセベルリオン様に「小鬼などお前が布を振り回して戦おうとしていた狼より格下だろうに」と言われ、あの時は本当に運が良かったのだと感じました。

 そうこうありながら、当初の予定よりも大幅に時間がかかってしまっものの。満を持してこの見知らぬ街に辿り着いたというわけなのです――。


「とても素敵な街です! 風通しの良い柵に、土の匂いのするでこぼこの道、藁を被せた小さくて可愛らしい家々! 素朴でシンプルな街の方々の衣装……泥がついて汚れたりしていて……ここでは皆が一生懸命に仕事をしていらっしゃるのですね!」


 とても素朴で可愛らしい街。クラーラの街とはまた違った良さに感動しているとレイニール様から思わぬ注意をされてしまいました。

 

「エミネイラ。あまり大きな声で嫌味を言わないで欲しいけど」

「イヤミだなんて、そんな!」


 世間知らずとは怖いものです。口が滑るとはこんな事を言うのでしょう。

 よく見れば街の人々は半眼になって私のことをじろりと睨んでいらっしゃる様でした。お恥ずかしい限り。初めて見るクラーラ以外の街並みに、少々子供の様に浮かれはしゃいでしまっていた様です。


「ここはオースチラの村だ。少し情報を集めて――そうだな、補給と休息を兼ねて一泊ほど逗留していこう。レイニールは食材の補給、イシャーは狼の素材を換金してきてくれ」

「了―解」

「わかった」


 てきぱきと指示をするセベルリオン様に感心します。あの様な振る舞いが私にも出来たら良いのに……と無い物ねだりくらい神様も許してくださるでしょう。

 何せ私には一組のメイド服と名前とベッドのシーツしか無いのですから。


「カイレン、宿を見繕って来てくれ。くれぐれも――」

「――懐事情を鑑みる様に、というのですな。過ぎたことをいつまでもネチネチと。これだから」

「悪かった、って何度も言っただろうに……」


 宿! あぁ、夢にまで見た――


「ベッド……」

「ナダ、これで装備品の手入れに行ってこい。切れ味が落ちて久しいだろうに。前衛の守りが突破されたらかなわん」


 銀色のコインを指で弾いて渡し、ナダ様は無言で受け取ってからただ頷き、何処かへと歩いて行きます。

 久方ぶりにフカフカのベッドで横になれるというまるでご褒美の様な光景が頭に浮かんで仕方がありませんでしたが、こうしてはいられません。私もこの一団に、何かのお役に立たなければ!


「…………ど、どうしたんだ、エミネイラ……」

「――私は!」

「え? ああ、いや……そう言われてもな」

「私は! どうかお願いです、私にも何かくださいっ。何でも良いのです。私にも何か命じてくださいまし」


 皆様がそれぞれ役割を持っていると言うのに、私だけがのうのうと寝床という名の褒美をいただくわけには参りません。

 

「――狼や小鬼の囮になったり、お肉を黒焦げにするなんてことではなく! セベルリオン様に抱かれたり上に乗ってしまったり何かの薬を塗られたり……つい昨日だって腰を抜かして情けない声をあげていただけです。私そんなのばっかりです! 拾われてからご迷惑ばかり……もっと何か、違った事でお役に立ってみたいのですっ!」


 しっかりとお役に立ってから眠りたいのです。でなければ、自分は何の役にも立たないという罪悪感と共にベッドの上でお布団にくるまり、ただ夜が過ぎる事を待つだけのエミネイラのままではありませんか。


「(侍女を小鬼や狼の囮に? あの若いの鬼畜か?)」

「(お肉を黒焦げに? メイドには黒焦げた肉しか与えないというのか?)」

「(そのくせ夜は性奴隷にするのか? 腰を抜かすまで……あの男、人の心はないのか……?)」


 セベルリオン様はとても困った顔をして目を泳がせています……それほど私の様な者にできる様なことは何もないと――それほどに私のことなど信用するに足らない存在なのでしょうか。


「お願いです! きっとお役に立って見せますから! そうしてご褒美のベッドの上で気持ち良く夜を過ごしたいのです!」

「――ちょっと待て! わかった、わかったから大声を出さないでくれ! 何か村の人に誤解を与えてしまうからっ」


「(よく見たら侍女に靴も与えていないぞ)」

「(そんな扱いして、更に褒美がベッドだと……完全に洗脳してやがる)」

「(危ないクスリを塗りたくって、一体何をするんだろうね……)」


「――そ、そうだな、それならば少し街を散策して何か手伝ってもらう事を探してみようかっ」

「はいっ!」


 初めて見るクラーラ以外の人々の営み――。

 目に映るのは珍しいものばかり……匂い、音、色彩。


「…………」

「セベルリオン様、私は!」


 ここは商人たちが各々、布の上や籠に詰めたそれぞれ自慢の商品を売る通りの一角の様です。クラーラから見下ろせるそれよりは小さな規模ですが、売り子の活気は勝るとも劣りません。

 ですが先ほどから横を歩くセベルリオン様は難しい顔で、顎に手を当てらながら黙々と歩いています。

 やはり私にお手伝いできる事など――。


「――どいてくれ、道を開けてくれっ」


 と、思い耽っていると背後から喧騒が聞こえてきたのです。

 どこでも、いつでも。

 やはり人の営みの中であってもそれは私の事を放っておいてはくれないのでした。

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