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6  侍女エミネイラなのです

「私、言いましたから!」


 必死に弁明をしようとする私でしたが特段、各々の表情を見れば責めているだとか、怒っているようなそぶりもありませんでした。

 私が私の、ほんの少しの名誉と誇りのためだけに声を荒げていたのです。


「私、できません、とはっきり言ったはずです!」


 そして見事に出来ないことをここに証明してみせたのです。

 目の前には黒焦げのお肉。手を抜いてなどいません。全身全霊で取り組み、そして失敗したのです。


「まあ、いいじゃないか。失敗は誰にでもある」

「そうではなく! 失敗どうこうではなく、お料理などしたことがないのです!」


 結局のところ、昨晩は夜が明けるまで歩き続けて、お昼になれば皆さんが順番に少しだけ眠り。

 皆さんひと通り休まれて、小川も見つけたので食事でも取ろうとなった時に、セベルリオンさまが「飯はエミネイラに任せる」などと意地悪を言い出したのです。


 ことの顛末がこれ、目の前の黒いお肉というわけです。


「まあ、こんだけ焼けば腹を壊さねえで済む――美味くはねえが大概こんなもんだよ、野営の飯なんざ」

「できないと言いました……」


 気を遣っていると言うわけでもなく、本心から言っているのだろうと言うことはレイニールさまの性分――と言っても出会ったばかりで彼女の事はよく知りませんが――から見て明白。

 私は小さく呟くだけでした。


「ところでメイドさんは、なんだって仕事をほっぽらかしてこんなところをうろついてるんだ?」


 イシャーさまがそう言うと、心なしかセベルリオンさまがぴくりと反応したような気がしました。


「私は、その……」


 言うべきなのでしょうか?

 クラーラの第三王女でしたが根暗で不吉な死神女でしたので婚約破棄され国を追われたのです、と。

 いえ、お父様――国王陛下が言っておられました。

 もしも陛下がお隠れになれば、後継者争いが起こるは必至。

 私はその争いの種のひとつなのです。ただでさえ不吉な影を見る人間だと言うのに、これ以上誰かを巻き込んでも仕方がありません。きっと素性など隠しておいた方が良いでしょう。


「よっぽど辛い境遇だったんだろう。イシャー、詮索してやるな」


 ナイフに刺した硬いお肉の一片を口に放り込んで、セベルリオンさまが助け舟を出してくれます。

 自ら名乗りでない以上、私がどこの誰だと言うことなど知られはしないのです。誰それに担がれて王位継承に巻き込まれることなどあろうはずもないこと、こうなれば侍女でもなんでも、新しい私として生きてゆくほかありません。


「はい……とても辛い人生でした」

「変なやつだな、まだ死んでないってのに」

「……そうですね、その通りです! なんとか少しくらいはいい人生にしてみようと思います。私は侍女エミネイラなのですから!」


 イシャーさまは怪訝な顔をして、レイニールさまは残りのコゲ肉を一息に口へと仕舞い込み、私は皆さんのからになった木製の食器を持って小川で洗います。

 洗い物など、そうそうした経験はありませんが、取り組んで見れば存外楽しいものです。きっと私は生まれた星を間違えたのでしょう。きっと王女に生まれた事など、運命の過ぎた悪戯なだったのでしょう――。




「痛っ……」


 せっかく立ち上がれたというのに私の足ときたら――。


「大丈夫か。ほとんど裸足みたいな格好だからな、ホラ」


 ホラ?


「ホラ?」

「ああ。おぶってやる。明日までには村に着く予定だがまだまだ距離がある。その足では無理だろう」

「い、いけませんっ! そのような……はしたない!」

「莫迦を言うな。川で洗ったからそこまで汚い背中ではないだろうに。早くしろ」

「あわ……あわわわわわっ!」


 強引です。

 しかしながら、私が駄々をこねていても行軍が遅くなるだけ。皆さまに迷惑をかけるわけにもいきませんでしたし、致し方ない事だったのです。


「侍女というのは、人に背負われるものなのでしょうか……」

「ふむ……中にはそういう人もいるんじゃないか?」

「皆さんは、どうして旅を?」


 ふと、気がつけばそんな質問をしていました。

 彼らの醸し出す雰囲気は、町人や職人とは違い、かと言って荒くれ者などとも少し違うように感じられました。

 先ほどは「詮索するな」と気遣っていただいたというのに、私も少し野暮だったのかもしれません。


「さぁね。ただ、逃げているだけだ」

「逃げる? 何かに追われていらっしゃるのですか?」

「まあ、そんなところだ。じきに向こうも飽きるだろう」

「飽きるのを待つならば、どこかへ身を潜めた方が良いのでは?」

「ふふ、本当にな」


 それ以上、セベルリオンさまは何も教えてはくれませんでした。詮索をされたくないのはお互い様、という事でしょうか……。

 次の村。

 どんなところで、どんな人々が暮らしているのでしょうか。そこで私は誰かの役に立ち、そこで私は何かを見つけられるのでしょうか――。



 ◇



 ゼラハルトがクレイン国に戻り、クラーラでの会談の顛末を報告すると今上の国王、グラナダータ・クレイン六世は烈火の如くゼラハルトを叱責していた。


「クラーラの第三王女との婚約を破棄しただと!? 愚かだとは思っておったが、こうまで阿呆だったとは思っておらんかったぞ、莫迦者めッ」

「なっ、――恐れながら陛下」

「言い訳などいらぬ。儂はこう言った。クラーラの第三王女は彼の国で虐げられておる。好機である、貴様の妃として参れ、と」


 ゼラハルトはクラーラの王女を娶って妃とし彼の国と細い繋がりを持つよりも、争いの種火を持ち帰り侵略の口火としてしまおうと考えたのだった。

 友好を結ぶのではなく、武力を用いてそっくりそのまま、手中に収めてしまえという腹づもり。

 相手方が「死神の付き纏う」と噂のある王女を差し出してきたのならば、それは侮辱に他ならないと。

 それは大義になると。


「しかし、クラーラの第三王女は死神姫と揶揄されるほどに不吉な――」

「黙れっ」


 液体の飛び散る音。

 グラナダータ王の投げた盃はゼラハルトの額を割り、贅を尽くした絨毯の上を転がる。


「愚かなことをしてくれる……それこそが覇道を行くための灯火であったというのに」


 王の言う事は理解できていない。

 もとより、一眼見た時から第三王女の容姿は気に入っていなかった。

 この強国、クレイン王国の時期国王は自身であると言うのに、自信なく俯いた表情、世と自分を隔てるように垂らした髪、できるだけ誰にも見つけてほしくないと言わんばかりに背を曲げて歩く様――。

 とにかくふさわしくないと感じた。

 あの根暗で書斎に篭りきりの兄はともかく、二人の弟はすでに、資源豊かな近隣国の、誰が見ても申し分ない絶世の美女を迎え入れようとしているのに。


「覇道ならばこの俺が行く道です。陛下は何もご心配なさらず――」

「今一度、クラーラに赴き、首を垂れて第三王女を連れてくるのだ」

「しかし――」

「早く行けと言っておるのだッ! 穏便に迎え入れるのだ。血を流すな――今はな? 良いか? 貴様の弟どもも優秀だ。努努忘れるでない、貴様だけがクレインの血を引く者ではないのだと言う事」

「……はっ」


 ゼラハルトは王の間を厳かに去り、扉を閉めた時に額から流れるクレインの血とやらを拭った。


「……ふざけるな。今一度あの小国に舞い戻ってやはり死神憑きの王女をくださいと言えだと? 莫迦げている」


 あんな者がいなくても、今は覇道の道中のはずだ。

 ゼラハルトは王の意図など必要ないと考えた。


「アスレイはいるか」


 豪華な燭台が並ぶ廊下を歩きながら、どこと言うわけでもなく口に出す。


「は、ここに」


 しかし届き、現れた。ゼラハルトよりも幾分歳をとっているであろう剣呑な雰囲気の男。全身を黒で彩り、瞳もまたそうだった。

 歳の差などは権力の前に意味をなさず、それを体現するように堂々と歩くゼラハルトの後ろに、目を伏せながら続く。


「密命だ。クラーラに攻め入る」

「……しかしそのような話は」

「二度言わせるな。先ほど国王陛下から内密に受けた命だ」

「……御意に」

「それに、知っているだろう? 陛下は今、お身体が悪い。そう遠くないうちにお隠れになるだろう」


 咳と熱。血反吐を吐き、食欲も減衰して今は固形物の食事をとる事もままならないでいた。

 ゼラハルトが直々に薬を取り寄せているが、未だ病魔は王に執着したままであった――。

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