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24 腐った名

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「随分とまあ、トチ狂ってるとしか思えない作戦だね」


 レイニールさまの言う通り、些か大胆で豪快な作戦の言えばその通りです。

 ナダ様が水平に構えた大きな鉄板……もとい、剣。

 私が乗り込んだその剣のすぐ下で――つまりはナダ様胸元すぐの場所でカイレンさまが炸裂の術方を発動させようと言うのです。

 貧弱な私とは言え人ひとり乗り込んだ鉄の塊をほとんど垂直方向に打ち上げるということは言うまでもなく、魔術の威力は凄まじいでしょうに。


「ほ、本当に大丈夫なのですか、ナダさま」


 彼は何も言わずに眉と口角を上げ、目で問題ないと伝えようとしているようです。

 立派な金属の鎧を装着しているとは言え……。

「あたしがいつも蹴り入れているのはこんな時のための訓練でもあるし、熊と間違えてうたた寝で寝ぼけたカイレンが同じような魔術を土手っ腹に喰らわした事があるから大丈夫だ」とはレイニールさまの談です。


「カイレンさま……」

「黙っとれい……儂が調整を誤ればばナダが粉微塵に吹き飛ぶか、お前さんが明後日の方向へぶっ飛ぶか――精々、腐れ竜の大口に直行……とならんことを祈っとれ」


 剣の上にしゃがみ込み、金属の冷やかさを指先と膝で感じます。

 ナダさまを支えるように、セベルリオンさまとレイニールさまが彼の背にまわり込む。

 集中して呟くカイレンさまが束の間その詠唱を止め、その隙にレイニールさまがなんらかの丸薬をナダ様の口の中へと放り込みます。


「これから七つ数えた後、一瞬だけアンタの身体に力がみなぎるぞ。一瞬だ、屁ブッこいたら承知しねーぞ。後ろに私らがいるんだ――そら、一つ」


 カイレンさまが威力調整を誤れば――


「そーいや、なんであたしらは瘴気に当てられない? この辺りだけ空気が澄んでるみたいだ――二つ」


 ナダさまが剣の柄を手放す瞬間を見誤れば――


「さぁてね。俺もさっきまではあの村の少年ほどまで蝕まれていたんだが。どう言うわけかピンピンしている――三つ」


 私とて同じ事。驚いて体勢を崩して仕舞えばどうなってしまうことやら。


「踏ん張れよ、エミネイラ。アンタの身体にも尋常じゃない衝撃がくるよ――四つ」


 アボラクススが嗚咽を漏らすたび、大地が腐ってゆくのがわかります。でも、あなたの言葉は聞こえています。


「莫迦げた事に首を突っ込んだもんじゃ。腐れ竜のアボラクススに立ち向かうなどと。さぁ、準備は良いかな、エミネイラ――五つ」


 巻き込んでしまい本当に申し訳ありません。

 ですが、


「ですが、アボラクススは泣いています。何もできない私ですけれど、救えると信じられるのです」

「……六つ」


 失敗するつもりはありませんから。

 私自身の活路を開くためでもあります。

 もしも私に死神が見える事、その事に意味があると言うのならば。

 私がもしも死神に打ち勝つ事ができるのであれば、死にゆく者を、苦しみに喘ぐ者を救えるという可能性に他ならないではありませんか!


「――七つ。御力拝借賜りました……これを以て体現致す、烈法……【虚芯】――」


 

 ◇◇◇


 

 這いずる度、もがく度に美しい大地が腐ってゆく。

 命懸けで守り抜いた地を己の手足が、己の涎が、腐食させていく。


 助けてはくれまいか、殺してはくれまいか。

 どちらでも良いのだ。この地獄が終わるのならばどちらでも構わない。多くは望まぬ。もう恨んではいない。

 約束したろう? それとも虚言だったのか?


 あぁ、アムネシア。そこにいるのだろう? その匂いが、その真紅が、お前がそこにいる証拠だ。声を聞かせてくれ。ずっと会いたかったのだ、まだ呪われたままなのだ、腐ったままなのだ……どうか後生だ、この身を癒してくれ。誇り高き竜のまま死なせてくれ。


 どうして何処かへ行ってしまったのだ!

 どうして今更戻ってきたのだ!

 これまでに幾つもの営みを滅ぼした。しかし居座っておれば未来永劫に不毛の大地へと変えてしまう。歩みを止めるわけにも行かぬのだ。

 悲鳴を聞かぬように大声を上げて這いずり回った。見よ、我を恐れて逃げ惑う人々の面を。瞳が腐ってそれが見えない事だけが、幸いだった。


『アムネシア、この身を救ってはくれまいか――』

「――人違いです、と言ったではありませんか!」


『アムネシアの色だ』

「私はエミネイラッ……このエミネイラが、死神さまにご退場頂きます!」


『アムネシアの匂いだ』

「しつこいですね! 性格まで腐ってしまったのですか!」


『エミネイラ……? 嘘だ。聖女アムネシア……約束を守りに、戻ってきてくれたのだろう?』

「そんな約束知りませんッ、ですが新しい約束をしましょう――その靄(死神)、このエミネイラが打ち払ってご覧に入れます!」


 

 ◇◇◇


 

「アスレイ君……苦戦しているように見えるが?」


 口調こそ穏やかではあったが、その胸中に怒りが堆積している事はアスレイも手に取るように分かった。

 しかしこうして主人を背にして守護していなければ、あっという間にこの小柄の少年が隙を見出して首を掻きに行くだろう。

 

 アスレイは狙いが分からないでいた。

 この少年がクラーラの者であるならば――これほどの実力者であればすぐに賊の息の根を止め、首を落として仕舞えるだろうに、こうして泳がされている。


 “この少年も出来るだけ痕跡を残したくないのだ”


 そう考えると辻褄が合った。

 先ほどから切り結ぶ内で部下の額を割った刀剣を器用に回収している事もそう。手持ちの投擲専用武器が少ないのかと思っていたがそうでは無さそうだった。


 この強襲を食い止める事は前提で、かつ“侵入側”にも“防衛側”にも存在を知られたくない。


 “この少年は全くの部外者である”と結論づけた時、金属を揺らすような喧しい足音が聞こえてきた。


「陛下、クラーラの精鋭です。撤退が宜しいかと」

「呆れた。散々遊ばれておいて、その少年は大人しく見逃してくれるのかね?」

「恐らくは――そうだろう?」


 アスレイが脱出のため、今では物言わぬようになった部下の死体から武器を拾い投げて窓を破ると、たちまち腐臭が室内に立ち込めた。


 追っ手がかかるだろう。

 退路の途中、腐れ竜に出くわさなければいいが。


 願掛けをして少年を睨みつけ、アスレイは先に飛び降りたゼラハルトに続いた。

 

 

 ◇◇◇



 腕が熱くて、喉が痛くて、

 ですが、もう少し、もう少し近づきたい。

 道の水溜まりを飛び越えるのとは訳が違います。

 皆さんが協力してくれて、ここまで運んでくれた剣の上から、決死の思いでアボラクススの鼻先へと飛び移ります。

 その高さも、距離も、アボラクスス自体も、怖くないと言えば全くの嘘となってしまいますが、ですが助けてあげなくては。


「死神さまに告げます。【腐竜アボラクスス】の元から、今すぐ退散なさってください!」


 右腕の紋様が熱(ほて)り、杯も輝く。

 どうして私は腐竜アボラクススを救えると信じる事ができたのでしょうか。

 運命によって、初めからこうなる様にと仕組まれていたのかもしれません。

 

 どうすればこの哀れな竜へ安息を与えられるかを、私は知っていた様な気がするのです。


「さぁ、もう誰もあなたを恐れない。あなただってもう、何も恐れなくて良いのです。忌まわしき【腐れ】の汚名を捨てましょう、この宵色の靄と共に――」


 靄を掻い潜り、骨も露わになった鼻先を抱きしめてあげれば良い。なぜだか、そんな気がするのです。


『エミネイラ……? あぁ、聖女エミネイラ! 身体が、風を感じるぞ、熱を感じる、大地の熱だ』


 声が弾んでいる。きっととても嬉しいのでしょうね。

 こぼした涙は澱みも濁りもなく、さながら大雨のように地面へと落ちていきます。

 

「よかった。ですが聖女などではありません。私はただのエミネイラ。あなたはもう腐ってなどいない。あなたもまた、ただのアボラクススというわけです」


 もう竜は泣かず、民も腐れに怯える必要はありません。

 

『……アボラクススは腐った名だ。我が名はアブラクサス……【誉竜(ほまれりゅう)アブラクサス】』


 竜がそう言うと、身体中の腐肉が爛れ落ち、代わりに白銀の鱗が再生を始めました。研ぎ澄まされた刀剣が無数に並ぶ。猛る方向は轟き、まるで大地さえも揺るがすかのよう。

 

「良い名ですね。さぁ、好きな所へ行くといいでしょう。あなたの行きたいところへ」


 私を乗せた鼻先をゆっくりと地表につけ――それでも大きな竜の顎は結構な高さでしたが――私は飛び降りました。

 

『アムネシアは戻ってこなかったが、貴女が現れた』


 竜はそう言って飛び去りました。待ちきれなかったのでしょうね。

 きっと今から顔を見せるだろう太陽の方へ。

 一番早くそれが見える場所へと。

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