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第9話 気味の悪いお手紙


 ドリス様から衝撃の事実を知らされて二日。私は屋敷に引きこもっています。

 だって今までに接してきた誰もが、本当は言いたくないことを私のせいで喋らされていたとしたら? そう考えたら人に会うのがあまりにも恐ろしくて!


 昨日だって、お菓子を持って来てくれたメイドに摘まみ食いしたかって聞いたら「ひとつだけ」って答えたのです。普通そんなこと言わないでしょ、内緒にするでしょ。いえ、そもそも普通はそんなこと聞かないのですけども。

 メイドは恐れおののき、平身低頭して謝りながらキッチンの隅に逃げてしまいました。怒らないのに……。

 というわけで、今日はお詫びの印に朝から屋敷の従者みんなにお菓子を振る舞っていたわけです。そこへやって来たのが親友のモニカで。


「急にごめんね。昨日のお茶会、体調不良で欠席って聞いたから」

「お見舞いに来てくれたのね、嬉しい」

「風邪? 確かに元気はなさそう」

「精神的な体調不良。病気をうつしたりはしないから、安心してね」


 そう言って自室へ案内します。モニカとは幼い頃からの縁なので、わざわざ応接室でおしとやかに過ごすことはありません。

 モニカは部屋へ入るなりぐるりと見回して溜め息をつきました。


「カーテンも開いてないし、お手紙を開封してもないし、ダメダメね!」

「誰も部屋に入らないでって言ったから片付かないのよね……」

「体中にカビが生えるわよ!」


 カーテンをすべて開け、窓も開けるモニカ。新鮮な空気が私の淀んだ心を洗ってくれるようです。洗っても洗っても淀むんですけども。

 私が何か言うよりも先にモニカはソファーへぼすんと座り、雑に放り投げてある手紙を集めては差出人を確認していきます。


「公爵夫人……は急いで返事。こっちは宝飾店ね、後回し。んでこれが――なにこれ」


 とっても怪訝な顔をして彼女が差し出したのは、なんと差出人不明のお手紙でした。


「なにこれ」

「開封しないで燃やしてもいいと思うけど……紙はすごく上質ね。名前の書き忘れかしら?」


 モニカとふたりで首を傾げ合ったけれど、それでは埒が明かないので開封してみることにしました。封筒と揃いの上等な便箋に、少し乱れた筆致の文字が並んでいます。その筆跡はどこかで見たことあるような気がするけれど思い出せません。


「なんて書いてあるの?」

「えっと……『貞淑な妻になるべき君が、チャラチャラした男の恋人だと公言するとは、はしたないにもほどがある』って」

「なにそれ。続けて」

「んと『だが私はこの海のように広い心でもって君の過ちを赦そう。そしてあの日のようにふたりで花を愛で、未来を語らおうじゃないか』だって。いつものところで待ってるって書いてるけど、なんの話をしてるのかさっぱりわからないわ」


 ぽいと放り投げた手紙をモニカが拾い、隅から隅まで何度も読み返します。


「気持ち悪い……どこにも自分の名前書いてないし。キェル様かな」

「まさか! 真実の愛を見つけた人がそんなこと言うわけないわ。ここに書いてある『いつものところ』なんて知らないもの。キェル様とは大体この屋敷でお会いするだけだったし、お花の話をしたこともないし」

「キェル様じゃなくったって怖いことには変わりないわ、気を付けてね」


 案じるように私の背を撫でてくれるモニカですが、私の気分は晴れないまま。知らず知らずのうちに周囲の人の秘密を暴いて来ただなんて、どうしても信じられないというか、受け入れられないというか。その上こんなに気持ち悪い手紙まで……。

 絞り出すように深い溜め息をついたところで、モニカが空気を変えるかのごとくパンと手を叩きました。


「気分転換に公園でも歩かない?」

「公園……いいわね」

「でしょう。そうと決まったら着替えて着替えて! 今日は特別に侯爵令嬢であるこのモニカ様が手伝ってあげる!」


 彼女は私を追い立てるように鏡の前へ誘導し、慣れた様子でクローゼットへと入って行きます。どこか疲れた顔をした鏡の中の自分を見つめていると、楽しそうなモニカの声が聞こえて来て。


「見たことないドレスがいっぱいあるわ! どれも素敵だし、なんていうか……高そう!」

「ドリス様がくれたの。キェル様にはこんなことしてもらったことないし、どう反応していいのかわからなくて」

「可愛く喜んでおけばいいのよ! うん、お散歩にはこのドレスがいいわね」


 薄いグリーンのデイドレスを手にモニカが戻って来て、「脱げ」と目配せをします。


「キェル様と言えば、彼の家が経営してるカジノ、ちょっとマズイみたいね」

「どういうこと?」

「お父様から聞いただけでまだ内密な話なんだけどね、国の監査が入るらしいの。なんでも結構前からイカサマしてたとかなんとか」


 ハッとして室内用のドレスを脱ぐ手が止まりました。

 私、またやっちゃったかも!


「内密って……。言っちゃダメなこと無理に教えてくれなくてもいいからね!」

「この話はニナにしようと思って、お父様にも一応言ってあるから大丈夫。んもう、いつものニナらしくないわ」

「侯爵様がよく許してくれたわね」

「難しいことはよくわからないけど、ボガート伯爵の判断は正しいって暗に伝えたかったみたいよ。婚約解消ってさ、女の子は半年経っても次のお相手が見つからないことのほうが多いでしょう。あなたのお父様もきっと、判断を誤ったんじゃないかって苦しんでたと思うから」


 相手の浮気が原因だったとしても、モニカの言う通り女性側はなかなか次のご縁に恵まれないのが普通です。だから我慢して結婚に至ることも多いのだとか。

 私とキェル様の場合も、ごねて婚約解消に同意しないという手段もあるにはあったので……。


「だからお父様はドリス様のところに行ったのかしら」

「きっとそうよ」

「それなら、安心させてあげないとね」

「でしょ。さぁコルセットを締めるわ。息を全部吐いてね!」


 そんなこんなであっという間に着替えさせられ、ドレスとお揃いの帽子を被っていざお散歩(プロムナード)へ! 向かうは王立公園、バートンパークです。

 が、私とモニカはパーク入り口近くのカフェで、仲良く寄り添うドリス様とアネリーンの姿を見つけてしまったのでした。





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