第44話 口の上手さは相変わらず
ひとりひとり連行される人々を見送り、私とドリス様、それにノヒト殿下は宿で一泊しました。と言っても事後処理に奔走するうちに朝を迎えてしまい、ほとんど寝られなかったのですけどね。
伝令鳥がいると情報伝達が早すぎて休む暇がなくなってしまうみたいです。
王都へ戻ったら戻ったで、やはり事後処理は続きます。人々が忙しそうに駆け回る中、私は王城の客室で休ませてもらっていたのですが……。
ノックとともにやって来たのはドリス様とノヒト殿下のおふたりでした。
「なんでついて来るんです」
「は? 俺だって癒されたいだろうが」
「勝手に休憩なさればよろしい。僕のニナはあなたを癒す道具ではありません」
「ちょ、喧嘩するなら出てってください」
ぎゃんぎゃんと言い合いながら入って来たふたりでしたが、注意をすれば素直に口を閉じてソファーに座ります。ドリス様は私の横でノヒト殿下は私の対面に、ですけれど。
「いやぁ、参ったよな。話聞くだけで疲れたわ」
「僕もです」
「おふたりが直接取り調べを? ダノーギ子爵ですか?」
「はは、彼はニナのおかげで隠し事をする気もなくなっているようだよ」
確かに……動機とかそういうの、もう全部喋ってしまってますもんね。ノヒト殿下もドリス様の言葉にうんうんと頷いています。仲良しだ。
「それでは、一体?」
「や、ニナは気にしなくていい――」
「あいつだよ、なんだっけ、アネリーンとかいう女」
「ノヒト殿下」
「アネリーン? そういえば公園でお喋りしましょうって……あれ、もしかして」
攫われたことにばかり注意が向いて彼女のことをすっかり忘れていたのですが、振り返ってみるとアネリーンの挙動は少し不審だった気がします。もちろん、絶対おかしいとも言い切れないのですが……。
ドリス様は難しいお顔で、小さく息をついて頷きました。
「ニナの想像の通りだよ。状況的にはほぼクロ。ダノーギも、君をかどわかす手段については部下に任せていたからとしか言わないし。実行犯を捜してはいるけど、なんせ数が多くてね」
「あの女、肝心なとこで何も認めねぇからさ」
どうやら争点は、彼女が犯罪と知っていながら金銭を得るために私を誘ったのか、それとも偶然だったのか、ということだそうですが……。
「つまり私の出番ってことですかね」
「僕はあまり会わせたくないのだけど――」
「そうは言っても、今は重要参考人ってとこだろ。いつまでも留置できねぇんじゃねぇの。ヤクサナなら三日ってとこだぜ。しかもダノーギは明日ヤクサナに連れて帰る。奴がなんか思い出したとしても報告するのに面倒な手続き挟むからさぁ」
「時間がないのは確かですね」
「んもう。ではやっぱり私の出番ではないですか!」
それを先に言えとばかりに立ち上がって部屋を出ます。向かった先は王国兵士の宿舎の一角にある尋問室でした。
アネリーンは少し疲れた顔で私を睨みつけます。私は気にしない振りをして対面に座りました。
「昨日ぶりね、ニナ。とんでもない事件に巻き込まれたと聞いたわ」
「ドリス様やノヒト殿下のおかげで何事もなく終わったけれど。昨日はアネリーンが突然いなくなってしまったから驚いたわ」
「あら、いなくなったのはニナだわ。待ち合わせしてるって言ってたし、相手が来たのかと思ってあたしは帰ったの」
なるほど、筋は通っています。
彼女は私の背後に立つドリス様とノヒト殿下に妖艶な笑みを浮かべました。
「おふたりともまた戻って来てくださって嬉しい。ね、あたし嘘ついていなかったでしょう? もう帰っても?」
「いや、もう少し話を」
「王子様がお呼びだと聞いたから大喜びで登城したのに、こんな扱いを受けるだなんて悲しいですわ。何度も申し上げたように、あたしは偶然会ったニナとお喋りしようと思っただけ。ね、ニナ?」
「そうなの?」
「そうなの、じゃないわ。ニナのほうこそ、あたしを陥れようとしてるんじゃない? ノヒト王子殿下、あたし実は少し前にニナに恨まれても仕方のないことをしてしまって……だからきっとニナはそれでカッとなって、あたしのこと悪く言おうとしているんだと思います」
みるみるうちに彼女の瞳に涙が浮かびました。あっという間に悲劇のヒロインの誕生です。キェル様と婚約を解消したばかりのとき、「私が浮気をした」という印象操作をしていましたからね。もうその手にはのりませんよ、私は。ええ、私は。
ドリス様やノヒト殿下は騙されちゃうかもしれないけど。
ふたりはガリガリと耳障りな音をたてながら椅子を引っ張って来て、私の両脇に座ります。
「ははーん。つまりニナが意地悪してるってわけだ?」
「そこまでは。でも恐ろしい目に遭った彼女がその怒りをぶつける相手として、あの日たまたま会ったあたしを選んでもおかしくはない、という話をしているのです」
「だってよ、ニナ? お前そんな嫌な奴なの?」
ノヒト殿下がそう言ったとき、ほんの一瞬だけアネリーンの口元が醜く歪みました。んもう、机の角に小指をぶつけてしまえばいいと思ってたけど、それじゃ足りない。死ぬまで口内炎に悩まされればいいんだわ!
「ニナ、ちゃんと確認してあげたらどうかな?」
「そうね。ねえアネリーン、改めて聞くわね。昨日はなぜ私に声を掛けてくれたの?」
「ニナを連れて来いって言われたから――え?」
魔力を乗せた私の言葉に返答するなり、余裕の笑みを浮かべていたアネリーンが目を丸くします。
「誰に?」
「名前も知らないヤクサナのひと。待って、なんなのこれぇ!」
「私をバートンパークの広場へ連れて来いと言われたのね。なんのために?」
「お金。くれたから。それにシカードで身分を保障してくれるとも言ってたわ」
自分の意思に反して言葉を紡いでしまう口を、彼女は両手で押さえつけました。けれど私が何か聞けば、やはり彼女は答えてしまうのです。
「連れて行ったあと、私がどうなるか知っていた?」
これが彼女の刑を決める最も重要なポイントになるでしょう。
私も、ドリス様やノヒト殿下も息を殺して彼女の返答を待ちました。
 




