第32話 王子様がいたずらを思いついたようです
ドリス様が戻ってくるとすぐに取り調べのようなものが再開されました。
この地の魔素が濃いせいでしょうか、魔力の回復がいつもより早いような気がします。
「さて……殿下はダノーギ子爵の行いに反対なさったということですが、普通ならそこで決別するはず。しかもお命まで狙われたというのに、なぜ未だ彼と?」
「チンピラ風情が噛みついたところで、それが飼い主の意思とは限らねぇだろ。実際、ダノーギは俺の怪我については想定外だったようだ。なぜ決別しないかって……」
そこで言葉を止め、ノヒト殿下はドリス様のほうへと視線を向けました。
「奴は我々こそがスパイされている側で、これは国を守るために必要な情報であり行動であると言った。スパイっていうのはアプシル伯だ。兄貴も親父も騙されてるんだと。ここで俺が真実を暴けば――」
「暴けば?」
「俺が護国の英雄だ。もう誰も俺を馬鹿にしないし、よそ者だと謗ることもない。全ての民がヤクサナの王族と認め讃えるだろう、と、そう言った」
ノヒト殿下は口元に自嘲するような笑みを浮かべながら俯きます。彼の握った拳は少し震えているようでした。
王族の証と言われる金色の瞳を持たず、ヤクサナに多いグレーの髪でもなく、魔力にも恵まれなかった王子が、よそ者に厳しい国でどんな風に生きてきたか。彼の幼少期に思いを馳せれば、ダノーギ子爵の甘言に踊らされたことをむやみに責められません。
「それでドリス様を探るためにこちらへ?」
「ああ。最初はニナから聞き出そうと思ったんだが、ダノーギが二重スパイを潜ませたと言うから――」
長く息を吐いてから顔をあげたノヒト殿下は、目が合うなり私にウィンクをしました。え、なに? 切り替え早くないですか?
「で、アプシル伯はニナのことをどう思ってて、これからどうしたいんだ?」
「はぁっ?」
ドリス様に対する突然の質問に、思わず不敬なイントネーションの「はぁ?」が出ちゃいました。不敬じゃないイントネーションがあるのか知らないけど。いや、こればっかりは仕方ないです。何を言いだすんだこの人は。
ハッとして横に座るドリス様を見れば、彼はすっかり頭を抱えこんでしまっていました。必死の抵抗が見える……。
「……大切に思っています。愛している。今後も末永く共にありたい。ああもう!」
「え。え?」
「だそうだぞ、ニナ。わかったか」
「わかったかじゃないんですよ、なんなんですかこれは」
まだまだ言いたい文句はたくさんあったのに、ドリス様がパチンと手を叩いたため黙るしかありません。
「聞きたいことは概ね聞かせていただいた。ニナは部屋へ戻っていいよ」
「え、でも」
「もう大丈夫だから」
さっきの言葉の意味を聞きたいけど、ここでは聞けないし、聞き間違いだったかもしれないしなんて逡巡しながら、声も出ないまま口だけがハクハクと動いて。
そんなときにノヒト殿下がニヨニヨ笑ってるのが視界に入って、とっても腹が立ちました。出て行けと言わんばかりに手を振ってるし! この王子は! んもう!
ドリス様に追い出されるようにしてノヒト殿下の部屋を出て、私は自分の部屋へ。
窓の外はチラチラと雪が降って、暖炉はパチパチと音を立てています。ていうかさっきのはなんだったんですか……。なんて言ってましたっけ。愛してるとかなんとか言ったような……。
「うわぁ……?」
なかば崩れ落ちるようにボスッとソファーに沈み、これが夢なのか現実なのかを自問自答しているとローザがやって来ました。
「お嬢様!」
「はい、私がお嬢様です。お茶を淹れてもらえますか、頭が混乱してて」
「もちろんすぐにご用意いたしますっ! ていうか、お嬢様は魔術師だったのですかっ!」
すっごい目が輝いています。建国祭の夜、初めてお城のパーティーに参加する子どもみたいな、あるいは犬が新しいオモチャを見つけたみたいな、なんかそういう穢れのないキラキラの目です。
「実はそうなのです。そして自分の魔法でダメージを負っています」
「素敵! 魔法ってどんな感じなんですか、やっぱり魔力がバババーってなるんですか」
「傾聴力と語彙力のどちらも捨てちゃったんですか」
ローザはもっと無口なイメージだったのですが、魔術のこととなるとすっごくグイグイくることがわかりました。すっごい。
気を紛らわすためにもローザのお喋りに付き合おうかと、急遽ふたりだけのお茶会を開催することにします。
キラキラの目に見つめられつつ、お茶を飲めばやっと少しだけ落ち着いてきました。それはローザも同じだったみたいで、照れ笑いを浮かべています。
「失礼しました……。こんな身近に魔術師がいるとは思わなかったので」
「ううん、大丈夫」
「お嬢様の魔法はどういったものなのですか」
「質問をすれば真実を話してしまう、というもので」
「精神感応系ですね。希少な才能です。すごい……!」
またキラキラしてきた。でも、本当に魔術が好きなんだなぁって伝わって、私もなんだかほっこりします。
「私は自分に魔力があると知ったのが最近なの。だから能力について自分なりに調べてはみたけど、理解が正しいのかどうか」
「過去に同様の力を持つ人物が数例、記録されています。わたしに答えられることであればお伺いしますが」
「やはり、私が魔法を使えば誰も嘘はつけない、のよね?」
「その魔法効果の中では、無言を貫くという抵抗はできても事実でないことは言えません。本人が事実だと認識している事柄、という意味ですが」
私の認識と一致しています。やっぱり嘘はつけないんだわ。それじゃあ、さっきのは……。
「そう言えばアプシル卿も魔術師でいらっしゃったんですね。びっくりしてしまいました」
「あー。私のも彼のも、他言無用でお願いしたいのだけど」
「もちろんですわ。わたし、おふたりの大ファンになりましたから! おふたりの足を引っ張るようなことは絶対にいたしませんっ!」
「ふぁん」
「ええ! お嬢様を守ろうとするアプシル卿のあの必死な表情なんて、これぞ愛って感じで!」
「愛……?」
私が呟くように問うと、彼女は不思議そうに首を傾げました。
や、待ってください。少しずつ実感が伴ってきて顔が熱い。え、待って、もしかして私は本当に愛されてたんですか?




