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第3話 いくら「買い」と言われても


 やられた、と思った時にはもう遅いわけで。

 周囲のざわめきは一層大きくなって、私が浮気したと自白したことになってしまいました。


「違う、そうじゃな――」

「あのね、ニナ。ちょっと考えてみたんだけど。アプシル伯爵に相談してみたらどう?」

「え?」

「あたし、ニナに幸せになってほしいの。アプシル伯爵の結婚相談って有名でしょ。だから誰からも祝福されない恋なんてやめて真面目に考えてみて。真実の愛とはいかないかもしれないけど、幸せを祈ってるから!」


 う……っわー!

 あたしたちは運命的な真実の愛で結ばれるけど、ニナはどうぞ誰かに仲介してもらってねってこと? うっわー!


 いろいろな感情が渦巻き過ぎて言葉が出てきません。アネリーンはそんな私を置いて、踊るようにその場を後にしました。モニカとレーアさまもまたあんぐりと口を開けて彼女を見送ります。


「一枚も二枚も上手ね。あれは強いわ。ニナに喋る隙を与えないんだから」

「すっかり嵌められたわ。あれじゃ本当のこと言っても誰にも信じてもらえない」

「わ、わたしはできるだけ周りの方に嘘だとお伝えしますけど……」

「ありがとうございますぅ……っ」


 嵌められた怒りも、将来に対する焦りや不安も、婚約者と友人に裏切られた悲しみも、全部ちゃんと心の奥のほうで感じているのに、今はまるで麻痺したかのように感情となって表に出ません。どこか他人事のような気分というか、ふわふわした感じ。

 そんなふわふわを深呼吸で落ち着けていると、会場の一角が急に騒がしくなりました。見れば背の高いブロンドの男性に若い男女が集まっているようです。


「いらしたみたいね、仲人伯爵」

「ね、その『仲人』ってどなた? おせっかいなおじいさん?」

「知らない? アプシル伯爵のことよ」

「アプシル伯爵ならお名前くらいは知ってるわ。でも若い方でしょう?」


 アプシル伯爵とはリッダー侯爵家の次男ドリス・リッダー様です。その聡明さもあってゆくゆくは聖職者か弁護士かと囁かれていたのですが……侯爵家の収入をぐんぐん増やすばかりか領内の公共事業も精力的に進め、その手腕を買われて王家から相談役に請われたとか。

 それから十年も経たないうちにバシバシと結果を出した彼は、ついに王国西側のアプシル領を与えられ伯爵位を叙爵するまでとなりました。

 ……それはそれとして、仲人って?


 モニカは「ヒントはねー」と言いながら、会場内で談笑する数組の男女を手で指し示します。


「あの方と、あちらのふたりと、それにあのブルーのドレスの子爵夫人もそうね。全員、アプシル伯爵が婚約の仲介をしたそうよ」

「皆さん羨ましいくらいに仲が良いと評判のご夫婦ばかりだわ。それに……皆さまお胸がご立派」

「お胸はご立派な方もそうでない方もいらっしゃるでしょ。じゃなくて他に思い当たることはない?」

「うう……。あっ、そういえば最近ご活躍が目覚ましいお家ばかりだわ」


 よくよく思い返してみれば、ここ数年の間に度々お噂を耳にする方々ばかりでした。たしか領地が隣り合っていて鉄道をぐんと伸ばすことに成功したとか、あるいは両家の研究でもって今までにない織物を開発したとか……。


「でしょう? そうやって縁のあるお家を結ぶのが彼のお力だそうよ。『データ』がどうのって聞いたけれど」

「データ……」

「彼、滅多に社交の場に出て来ないでしょう? ここ半年くらい隣国にいらしたし。だからみんなチャンスを逃したくないのね」

「そうですわ。わたしの父も今回こそ必ず縁を取り持ってもらうのだと息巻いていて。お恥ずかしい限りです」


 確かにアプシル伯爵の名前は知っていても、その姿を見たことはなかったかも。

 今夜は功績をあげたアプシル伯爵の祝賀パーティーですから、お目通りを願って適齢期の男女が仲介を求めて集まって来たということらしく。


「せっかく婚約がなくなったのに、私には関係ない話のままでびっくりしちゃう」


 まさかこの先ずっと結婚できない可能性が出て来るなんて……と、まだ現実感のないふわふわした気持ちでお肉を口に運びました。薔薇の中心に蜜よろしくコンソメソースのジュレがあり、そのまろやかなお味の中でお肉の塩気がいいアクセントに……。


「でも、伯爵ご本人は結婚なさらないのよね。あんなにかっこいいのに」

「ほうはほ?」

「そうなの」


 もっちゃもっちゃとお肉を噛みしめながら、人だかりの中心に視線を走らせます。周囲の人々より頭ひとつ分大きくて、太陽のように煌めくサラサラのブロンドの彼がそうだと思う……ていうか、待って、あの悪夢の夜の噴水の人だ! 盗み聞きの人!

 驚きのあまり(むせ)た私に水を手渡しながら、モニカが耳元で囁きました。


「ね、イケメンでしょう? かなりモテるみたいよ」

「わたしの好みではありませんけれど、眉目秀麗というか」

「ごほっ、まぁそうね」


 ふたりの言う通り整ったお顔立ちではあります。柳のような美しい眉、怜悧さを湛えるエメラルドの瞳……。年齢は確か二十七……八だったはずです。


「ううーん。やっぱり婚約のお話もないのが不思議だわ。国王陛下の覚えもめでたくて『買い』な物件でしょう? 身分違いとか人妻とか、道ならぬ恋をしているんじゃないかって噂もあるけど、とにかく難攻不落なの」

「性格に問題があるってことでは?」


 少なくとも盗み聞きしてたんだから悪趣味ではある。それにもし濡れ場を野次馬していたのなら変態とも言えます。いくら「買い」であっても私は願い下げだわ、なんて肩をすくめて彼から目を逸らしましたら。

 立ち止まって頬を赤らめるアネリーンの姿がありました。


「ねぇふたりとも、あっち見て。アネリーンもアプシル伯爵に見惚れちゃってる」

「待って、そんなこと言ってる場合じゃないわ。今まさに彼に何か訴えてるのってアナタのご両親、ボガート伯爵じゃない?」

「はぁっ?」


 再び彼を視界におさめてみれば確かに、私の両親がアプシル伯爵にぺこぺこと頭を下げているところでした。両親はきっと私の浮気の噂を知らないからだわ……。




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