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私に内緒は通じません。~婚約破棄された令嬢はその夜、難攻不落の伯爵様と運命的な出会いをする~  作者: 伊賀海栗


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第27話 ハズレの王子さま


 連れて来られたのはノヒト殿下のお部屋です。暖炉にはパチパチと音をたてる大きな火があり、しっかり暖められた部屋に私は思わず息が漏れました。

 導かれるままに部屋の奥のティーテーブルに掛けると従者の男性がお茶を淹れてくれて、さらにアップルパイまで!


「美味しそう……!」

「まずは飲め、そして食え」


 美味しそうなアップルパイを前に涎が出そうなのですが、つい今しがたノヒト殿下に注意するようにと言われたところでして。殿下は私たちを警戒しているそうですし、このアップルパイにも何か仕掛けがあるかも……!


「変なものはなんも入ってねぇよ」

「えっ、口に出てました?」

「顔に出てた」

「そっちかー」

「そっちかじゃねぇよ。ってかやっぱ疑ってたのかよ」


 対面に座ったノヒト殿下はちょっと不機嫌な顔でカップを手にとり、窓のほうを見ながらそれを口に運びました。年配の従者は私たちから少し離れた場所に、護衛の兵は出入り口付近にひとり立っています。


 紅茶をひと口いただけば、温かいものが身体の真ん中を落ちていく感覚。フルーティーな香りとは裏腹に渋みが強く舌に残ります。続けてアップルパイをひと切れ口に放り込むと、りんごの甘酸っぱさとカスタードのまったりした甘さが口いっぱいに広がりました。

 紅茶とパイを一緒にいただくことでそれぞれの美味しさが際立つのだと納得して、再び紅茶をいただきます。


「美味しい!」

「それだけか」

「パリパリの生地とリンゴのシャクシャクが絶妙に――」

「悪い、黙って食ってくれ」


 殿下に言われた通り黙って食べながら、彼の視線を追いました。窓の向こうに何が映ってるのかと思って。だけど夜の窓は私たちしか映していませんでした。私は窓越しにノヒト殿下と目が合ったのです。


「ニナはなんでアイツと婚約してんの」

「これでも貴族ですから、色々な事情が」

「でも俺なら解放してやれる、その事情をぶち壊せるって言ったろ。公爵夫人の称号付きだ」

「王子殿下の伴侶となるには身分が不足していますわ」


 我が国をはじめとする近隣諸国の王族は、同盟国の王女あるいは公侯爵家の令嬢を伴侶とする習わしがあります。ヤクサナではどうか知りませんが、我が国では王国法にも明記されていますし。

 けれどノヒト殿下は肩をすくめて薄く笑いました。


「伯爵家だろ。なら大丈夫だ、俺みたいな()()()()()に誰も多くは求めねぇよ」

「ハズレ……?」


 そういえばノヒト殿下と初めて会ったとき、町の若い女の子たちも第二王子を「ハズレ」だと言っていたような。

 私の問いかけに殿下からの返事はありません。殿下の背後に控えていた従者が悲しそうに目を伏せたのが気になったのですが――。


「殿下!」


 ノックもそこそこに兵が勢いよく飛び込んで来たことで状況が一変したのです。

 一足飛びにノヒト殿下の元へやって来た兵は、彼の耳元で何事か囁きます。殿下は顔色を変えて席を立ちました。


「ニナ、悪い。今日はもう部屋に戻ってゆっくりしてくれ。飯とアップルパイは後で持って行かせるから」

「パイ多めでお願いします」

「言っておく」


 あんなにバタバタするのだから、魔獣の襲撃でもあったのでしょうか。

 室内で護衛の任にあたっていた兵士に部屋まで送ってもらったのですが、何があったか聞ける空気ではありませんでした。


 一夜が明け、私とローザは城塞からほど近くにある泉に来ています。城塞の兵士たちの訓練場の脇にあるので、危険もありません。

 この泉になんの用があるのかというと……スケートです! 凍り付いた泉の上をスイーと滑って遊ぶことができるのです。


「待っ、待っ、ちょっ、ローザ! どうやって止まったらいいの!」

「ぐいんってやるんです! スー、シュピッ、ザッですよ!」

「わかんない! きゃーっ!」


 もう何度目になるかわからない尻もちをついて、私は引率の魔術師さんに助け起こされました。私の知らない間にローザが仲良くなった方なのですが、この泉を教えてくれたのも彼だそうです。


「よく滑りますでしょう。金属製の(ブレード)ができてから、より速く滑らかに動けるようになりました。これも母后殿下のおかげ! なのですっ!」


 魔術師さんはよく喋る人物で、私たちが母后殿下の出身国の人間と知るや否や、彼女がいかに優れた人物であったかを語ってくれました。

 バイソンを家畜化できたのは列車で冬でも飼料が手に入るようになったから。線路の敷設や金属加工といった技術も我が国の協力があったおかげだと、次から次へと母后殿下および我が国への感謝の言葉が転がり落ちて。


 ローザが言うには、この泉へ来ることになったのも「技術の一端がこちらに!」と紹介されて、とのこと。

 自国の王族が褒められればやはり嬉しいものですからね。私もローザもすっかり魔術師さんと打ち解けてしまいました。


「昨日の夜って、バタバタしてましたけど魔獣の襲撃があったのですか?」

「え? いえ、そんな話はないです。あ、でも今朝聞いたところによると、どうも書類の盗難があったとか」

「盗難ですって?」

「えっえっ、怖いですね。だってそれじゃあ昨日この城塞に来た人たちの中に犯人がいるかもしれないんですよね?」


 ローザが名推理を繰り広げます。

 というかドリス様とその()()の人々の犯行だろうと思うのですが……。そんなわかりやすいミスを犯すでしょうか。や、でもドリス様は思わず饒舌になって疑われちゃった実績がありますからね。割とうっかりさんなのかもしれません。

 どういった事情があったにせよ、立場はちょっと悪くなりそうです。今後はより一層の注意を払って行動しないと……。私に何かできることがあればいいのですが。


 不安になってスケート気分ではなくなってしまったので、私は泉から出て刃を外しました。しばらくはローザが滑っているのを眺めていようと思ったのですが、なんとそこにドリス様がいらっしゃったのです。





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