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私に内緒は通じません。~婚約破棄された令嬢はその夜、難攻不落の伯爵様と運命的な出会いをする~  作者: 伊賀海栗


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第26話 饒舌な理由と無口な理由


 一瞬だけ目を丸くしたドリス様は、しかしすぐにくしゃっと笑顔になりました。


「もちろん」

「そですか」


 あーもーどうして口を滑らせてしまったんでしょう、本当に学習しないんだから私ったら!

 それに、どうして私は彼の言葉を心から信頼できないのでしょう。自分に真実を聞き出す能力があると知る以前には、抱いたことのない悩みです。もしかしたら本能的に、人々が私の前で嘘をつくはずがないと理解していたのかもしれません。


「でももうひとつ理由があって」

「理由」

「僕はノヒト殿下について調べてるんだ。さすがに王族とあって調査は難航しているけどね」

「そう、……ですか。それで私が彼から何か聞き出していないかと期待した?」


 私たちは、キェル様やアネリーンのご家族が内通していた相手を探しているのです。王族だってもちろん例外ではなく調査対象となっています。それに……。

 思い返してみればノヒト殿下は私が名を名乗った際、「ボガート」という家名に反応していました。我が家は歴史ある伯爵家ですから、他国の王族に知られていてもおかしくはありません。だけどなんとなく引っ掛かるというか。


「いや、そうじゃない。心配したんだよ」

「心配?」


 ドリス様は私の顎に手を添えて上を向かせ、額にキス。真冬の夜、冷えた額に落とされたキスは温かくて、だけどどこか寂しくて。


「彼も僕らを警戒しているようだ。だから気を付けて」

「……さっき、珍しくよく喋ってましたね」

「あれは失敗したね、少し余裕がなかった。軽率だったな」

「やっぱ隠し事あったんだ」

「ふふっ……。それだけじゃない、ニナにちょっかいを出そうとするからムキになってね」

「は」


 今度は私が目を丸くする番でした。見上げると彼はニコニコ笑いながら私の背後に回り、後ろから抱き締めてくれます。背中がじんわり温かくなる代わりに、もう彼の表情が見えません。


「え、まさか本当に嫉妬してたんですか?」

「おや、信じてなかったね。あはは、まぁいいけど」


 頭の上から聞こえる声は軽くて受け流すような笑いを含んでいて、真剣に言っているわけではないのは確か。結局、本当のところはどうだったのかわからないままです。


「ぅぅ……すみません。ちなみに、隠し事ってなんだったんですか」

「殿下について調べてるって言ったろ。手駒を兵に紛れさせてるんだ」


 だから兵が弱いと指摘されて饒舌になったんですね……。

 それは既にかなり怪しまれているのではと思う一方で、ノヒト殿下が未だドリス様を糾弾しないのは、ドリス様の尻尾を掴めていないからに違いありません。

 ああ、それで私が迂闊なことをしないようにと注意するため、こうして屋上へ連れ出したのかもしれません。なるほど納得。


「普段から饒舌なら指摘もされなかったでしょうに」


 ぽろっとこぼれ落ちた言葉に、ドリス様は「んー」とどこか躊躇するようなお返事です。


「言っていないことまで邪推されたり、言葉を拡大解釈されたり、違った意味に捉えられたりするのに疲れたって言うのかな」


 詳しく聞いてみると、たとえば謙遜しても「俺たちの立場がない」と陰で文句を言われたり、婚約の仲介の際に条件が多すぎるのを窘めたら「わがままを言うなと叱られた」ことになっていたり。自分の言葉が形を変えて人々の間を駆け抜けていくのに疲れてしまったのだと言います。


「なるほど……」

「そんなとき、僕の言葉の一部が独り歩きして、大事な人を傷つけたことがあった」

「大事なひと」


 心臓が大きく跳ねたし、胃もしくしく痛い気がします。大事なひとって誰よ。


「兄の婚約が決まる少し前のことでね、両家が細かい取り決めを調整している頃だ。人々は僕に兄の婚約について祝いの言葉をくれるんだが、正直困ったよ。調整次第で決裂する話だからね」

「政略結婚はすべてが双方大歓迎というわけではないですものね」

「今はまだそんな話をするべきじゃない、相手方にも不誠実だし僕から言えることはない、とそんな返答をしたんだ」


 真面目なドリス様らしい言葉だと思います。私だったらきっと、そうなったら嬉しいとかなんとか適当なことを言ってその場から逃げちゃいますから。

 静かな声で彼は続けます。声を発するごとに微かな振動が頭や背に届いて心地いい。


「情報化社会は恐ろしくてね、次の日には『そんな話はしたくない、祝うつもりはない』と言ったことになっていた」

「えーっ? 全然意味が違うじゃないですか」

「義姉は兄のことを愛していて、婚約の行方に不安を抱えていたらしい。僕が言ったとされる心無い言葉に、認められていないのではとふさぎ込んでしまったんだ」

「大事なひとってお義姉さんですか」

「そう。あと兄もね。あのときの二人みたいな顔はもう二度と見たくないよ。僕が誤解されるだけならいいけど、大切な人間が傷つくのはいやだ」


 ドリス様は背を丸め、私の首筋にお顔を埋めました。私を抱き締める力も少しだけ強くなって、私はただ手を伸ばして彼の頭を撫でたのでした。


 それから私たちは身体が冷えきる前に城塞の中へ。ドリス様は立ち寄るところがあるから、と言って客室とは逆の方向へ足を向けました。


「あの!」

「ん」

「さっき、シルバードッグから助けてくれてありがとうございました」


 ドリス様が助けてくれなかったらきっと死んでたので。あの時の、私を抱きかかえる腕の強さや温かさにどれほど安堵したことか……。

 彼は晴れやかなお顔で振り返り、片目をぱちっと閉じました。


「怪我ひとつ負わせないよ。危険な任務でも必ず守るって約束したろ」


 任務ぅ……。そうですよね、これは任務でしたね。はい。

 彼が好きだとか嫉妬したとか言ってもいまいち信じきれないの、私だけの問題じゃない気がします。絶対ドリス様も悪い。

 いつも私のこと甘やかして、なのにいつもどこか遠くを見てるし。愛情表現みたいに色んなところにキスをするけど、唇にだけは決して触れてくれないし。壁を作ってるのはドリス様だと思うんですよね!

 ひらひらっと手を振って立ち去る彼の背中を見送り、そんなことを考えながら自室を目指して歩を進めていましたら。


「お。一緒に飯食おうって呼びに来たらいねぇから……あれ、どうした。なんか浮かない顔――」

「え? いっつもこの顔ですけど」


 ノヒト殿下でした。私の背後をじっとりした目で見つめ、小さく溜め息をつきます。

 彼の視線を追って振り返れば、ドリス様の姿が小さく見えました。


「いつもはもっと可愛いだろ」

「は、ちょっ」


 私の腕を掴んだノヒト殿下は私を引きずるようにしてずんずん歩きます。

 警戒されてるから注意しろって言われたばっかりなのに、困るんですけどー!





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