第24話 雪の中の攻防
寒! 一面の雪景色です! 驚きの白さ!
王都から列車と馬車を乗り継ぎながら北上して二日。雪しかない世界にやって来ました。どこですかここは。吹雪とまでは言わないけれど、空からはしんしんと雪が降り注いでいます。まだかろうじて日はあるけれど、それも厚い雲に覆われていて夜との境目がわからなくなりそう。
「ここから城塞まではスノウバイソンの引く牛車だ!」
「じょうさい……すのうばいそん……」
ノヒト殿下の言葉が素直に頭に入って来ません。城塞というのは貴人の住居のような側面を持ちつつも、主な用途としては外敵から身を守るものだという理解でして。
や、ここがどんな場所かというのは、道中でドリス様がちゃんと説明してくれていましたけど。確か魔獣が生息するって。冬になると雪に閉ざされるこの地では、時に森の向こうから餌を求めて魔獣がやって来るとかなんとか。噂にしか聞いたことのない魔獣!
「お、来たな」
そんな声に周囲を探しても、真っ白な世界では遠くのものが見えません。ただ耳を澄ませばどこからか獣の声や金属の軋む音が……と思ったら突然目の前に大きな馬車、いえ、牛車がいくつも現れたのです。車体も金属でできてる、すごい。
「スノウバイソンだから早いぞ! もう着いたも同然だな。さあ乗ってくれ」
「ニナ、手を」
「ありがとうございます、ドリス様」
乗り込む際に見えたスノウバイソンは、想像していたよりもずっと大きくてずんぐりむっくりした牛でした。もっさもさの毛は真っ白で、遠目に見れば雪と同化してしまいそう。
私とドリス様が横並びに、私たちの正面にノヒト殿下が座ります。ローザもついて来ているはずだけれど、別の牛車に乗るみたい。
「スノウバイソンも昔は魔獣だったんだけど、それを家畜化したんだ」
「魔獣って本当にいるんですね」
「ああ、そっちの国にはいないんだよな。おばあ様が言ってた」
ローザの助言によってドリス様がたてた仮説というのが、魔獣の出没する土地は魔素の濃度が高いのではないか。そして、そういった土地で生まれ育った人間ならば、魔術師が多く生まれるのではないか、というものだそうです。
王家の準備した魔術師の出生に関する資料によると、この地の出身者は出世しやすいようですが数は多くない……ただ、母数が少ないため判断がつかないとか。そもそも、居住者が少ないということですね。
「こんな雪深い場所でも人は住めるのですね」
「どうにかな。ま、貴族たちは冬になると領民ほったらかしで王都に集まるんだから、本当は住めねぇのかもしんねぇけど」
「そういえばこの季節が社交期と聞いて驚いたんです」
「雪に閉じ込められる前に王都に集まって社交して、春からは狩猟だ」
「ほへぇー」
土地によって文化が違うことはなんとなく知っていたつもりでしたが、この雪を見ると納得感が増すというか。
すごいですねーなんて言おうとした矢先、寒さで体がぷるっと震えました。
「へくちっ」
くしゃみをした瞬間、目の前でごそごそと上着を脱ごうとするノヒト殿下。けれどそれより一瞬早く私の身体は温かいものにくるまれました。
「殿下、お心遣いに感謝します。が、ニナはこちらで」
「婚約者ならもっと早くそうすべきだった」
「おっしゃる通りです」
うううう。またこの人たち睨み合ってる!
ドリス様は私が迷子になったときに殺気を感じたと言っていたし、殿下を警戒するのもわかるのですけど……。ノヒト殿下はどうしてドリス様を毛嫌いするのでしょうか。
なんだかピリピリした空気の中、牛車は雪煙をあげながら真っ白な世界を走って行きます。スノウバイソンは馬のトップスピードくらいの速さを数時間も維持できるのだと、ノヒト殿下が少し自慢げに教えてくれました。
が、突然バイソンたちが止まり、急停車で私の身体は前方に投げ出されます。ドリス様が抱えてくれたので事なきを得ましたけれども。
「ひゃぁぁ……。なに、どうしたんですか、なんで止まったの……?」
状況を把握しようとしても、ドリス様の腕の中ではままならず。外が騒がしくなったような気がしますが、雪が音を吸収するのか正確なところがわかりません。
ただ、いつまでも私を腕に閉じ込めているドリス様の息遣いだけが、ただ事ではなさそうだと教えてくれます。
しばらくして牛車の外からノヒト殿下を呼ぶ声がありました。ノヒト殿下が曇った窓をカーテンでキュキュッと拭くと、外には護衛らしき人の姿が。
「殿下、報告します!」
「うん」
「シルバードッグの群れが出現、ボスらしき個体を討伐したところ群れは森方向へ退散しました。なおバイソン一頭が負傷、これにより即時の移動が難しい状況です」
シルバードッグも寒冷地に生息する魔獣です。本で読んだことがあるだけで、生態などはよく覚えていませんけど。スノウバイソンを狙ったのでしょうか。あんなに強そうなのに。
護衛さんの報告は続きます。
「バイソン一頭を連絡用に走らせ、代わりのバイソンおよび応援を呼びます。火を焚きますので、しばしそちらで暖をおとりいただければと」
「この牛車だけ動かせないのか? ニナを早く安全圏に連れて行きたい」
ノヒト殿下の言葉に、護衛さんの刺すような視線が飛んで来ました。なんかごめんなさい。
「護衛の隊を分けるのは危険です」
「だが」
「わっ、わわわ私は大丈夫ですから!」
「……わかった。温かい飲み物も準備しろ」
護衛さんが立ち去り、ドリス様は小さく溜め息をつきます。そして私の頭のてっぺんにキスを落とすと、私を腕から解放して牛車のドアを開けました。
「僕は手伝ってきます」
「あっ、ドリス様、コート!」
慌てて身体を包む彼のコートを脱ごうとしたけれど、ドリス様は私の手に軽く触れ「大丈夫だ」とそれを止めます。
牛車に残された私とノヒト殿下もそれぞれに外へと出ました。
「俺がお前を助けてやろうか?」
「助ける、ですか?」
「あいつに利用されてんだろ? 俺ならお前を解放してやれる」
「え、やだ」
「は?」
「あ、じゃなくて。申し訳ありません、初対面の印象が強くてつい不敬な物言いを」
そう言うとノヒト殿下は真っ白な雪のさらに向こうを見ながら微笑みます。
「お前面白いよな。貴族で、しかも自分も迷子のくせに怪我した平民助けてさ、よそ者嫌いのこの国の人間と普通に喋ってさ」
「その平民が王子様だったんですから、助けてよかったです」
「アハハハハ! 違いねぇや」
私たちの視線の先では、薪に火がついて次第に火勢が大きくなっていきます。
ドリス様がこちらに来て私を火の近くへと誘いました。と、そのときです。真っ白な雪の中から巨大な生き物が飛び出して来たのは。




