第23話 もしかして仲悪いんですか
引きずられるように去って行くノヒト殿下を見送って、ドリス様が私の手をとりました。
「怪我は?」
「いえ、そこまで強くはなかったので」
「ニナを知っているようだったけど、もしかして」
「はい。昨日の怪我人君です」
パっと見上げたエントランスの壁には何代か前の王様の肖像画が飾られています。
グレーの髪と金色の瞳はヤクサナの王族に多い特徴。特に明るい金の瞳はロイヤルゴールドと呼ばれ、王族にのみ現れるとかなんとか。ノヒト殿下はそのどちらの特徴もお持ちではないので、全く気付けませんでした……。
まぁ知識として知っているだけですから、仮に彼が金色の目をしていたとしても昨日の私が気付くことはなかったと思いますけど。
「ノヒト殿下は確か第二王子でしたね」
「そう。王太子殿下にもあとでお会いできるはずだよ」
私の視線に気付いたのか、ドリス様も肖像画へと目を向けます。
「彼は亡き王太后――お祖母様の特徴を色濃く継いでいるからね」
「ん、確か母后殿下って……私たちの国の王女さまですよね」
「そう。陛下の叔母にあたる人だ。今の我々の友好は彼女のおかげでもあるよ」
「ほぇー」
母后殿下がいかに国家間の親善に貢献したかとか、逆によそ者としていかに国民から心無い言葉を浴びせられてきたかとか、そんな話をしながら会場へと向かいました。
会場には既に多くの人が集まっていて、そこかしこでお喋りが始まっています。心から出会いを喜んでいる人たちもいれば、扇に素顔を隠して棘を仕込んだ言葉の応酬をする人たちも。その様子はどこの国でも変わらないのだなぁ、なんて。
以前、半年もの間このヤクサナに滞在したドリス様は、すぐにも大勢に囲まれてしまいました。若い女性の視線が私に刺さる刺さる……。「あんな頭の足りなそうな」じゃないんですよ、足りないんですよまったくもう。思ったことすぐ口に出るし、結局ヤクサナの貴族のお名前ほとんど覚えられなかったし。
誰かが挨拶に訪れるたびにドリス様に紹介してもらって、あーそういえばそんなお名前が名鑑に載ってたなーって、当たり前のことを思いながらご挨拶するのを繰り返します。
「国外からの来賓の案内はダノーギ卿に任せているんだが、いかがです」
そう言ったのはヤクサナの宰相で公爵さま。たしかお孫さんが魔術師で、少し前に魔術師団に入ったとかなんとか。
「ええ、とても感謝しています」
具体的なことには触れず端的に回答するのがドリス様らしいと言えばドリス様らしいのですが。この言葉の少なさでよく社交界を生きてけるものだと思います。宰相さまは助けを求めるようにこちらに視線を移しました。
「はい。お食事にはヤクサナの特産品を我が国風の味付けで調理いただくなど、細やかな配慮に
とても喜んでいましたの」
「そうでしょう。ダノーギ卿は異国文化に精通しているが、中でも貴国について知らぬことはないと豪語するほどでしてな!」
わははと大笑いしているとラッパが鳴り響き、王族の入場が知らされます。ドリス様は私の手をとり、会場の奥を指し示しました。
王族の席からほど近く、居心地の良さそうなソファーやテーブルが用意されています。
「あっちが来賓用のスペースになってるんだ。そこで挨拶できるタイミングを待とうか」
「はーい」
席につくなり給仕が飲み物や食事を用意してくれて、目の前にそれはもう美味しそうなお肉とか海老とかお魚とかが並んで!
まずは薄い金色のシャンパンを喉に流し込めば、少しの酸味が爽やかに口の中を洗ってくれます。ふふ、そして早速お肉を……と銀器に手を伸ばしたところで。
「おお、こちらが婚約者殿かね」
低く威厳ある響きの声の主は、ヤクサナの国王陛下でした。グレーの髪に白いものが混じり、光の加減によっては銀色にも見えます。瞳は先ほど飲み干したシャンパンみたいに綺麗な金色。彼の背後には王太子と思われる男性と、ノヒト殿下の姿もありました。
「はい。ボガート伯爵家のニナです」
「お初にお目にかかります、陛下」
丁寧に淑女の礼をとった私に陛下は相好を崩して何度も頷いてみせます。すごく好意的に受け入れてもらえたようです。これも、ドリス様のご活躍があってこそなのでしょう。
ドリス様は陛下や王太子殿下とグラスを傾けながら、申し訳なさそうに眉を下げました。
「こちらからご挨拶に伺おうと――」
「いや、ちょっとね、話というか頼みがあったのだよ」
「頼み、ですか」
うんと頷いた陛下は手でソファーに座るよう促します。
四角いテーブルの三辺を囲むように置かれた三つのソファーのうち、陛下は真ん中の一人掛けに、ふたりの王子殿下は一方の二人掛けに座りました。自然、私とドリス様は王子殿下の正面に座ることとなります。
「アプシル伯爵の仮説について、さっき担当官から聞かせてもらった。で、だ。君の提案する土地は幸運にも王領でね、すぐに調査が可能なのだよ」
「つまり、僕にそちらへ向かえとおっしゃる」
「話が早くていいね、だから好きだ。魔素の研究において君を外すことはできないのだし、君だって興味があるのじゃないかと思ったわけだよ」
ドリス様が一体どんな仮説をたてたのか、私にはさっぱりわかりません。ただ、彼の進言によって彼自身が出張を命じられているっぽいことはわかります。
どこへ行ってしまうのか、どれくらいの間いなくなってしまうのか、不安になってドリス様を見上げましたところ、彼は鋭い目で前を向いていました。視線の先にはノヒト殿下。なんでまた睨み合ってるの、この人達は!
「ニナの同行も許可いただけますか」
「おや。そうか、そうだな。愛しい恋人と離れるのは寂しいだろうな。うん、良いだろう」
「ありが――」
「父上! 俺も行きます。王家の人間もいたほうが何かと話が早いでしょう」
立ち上がりそうなほどの勢いでシュピっと手を挙げたのはノヒト殿下。
全員、真面目に仕事の話をしているだけのはずなのに、なんだかすごく嫌な予感がします。なんとなく嫌だなぁと思いながら面々の様子を見ていたら、ノヒト殿下が意味ありげに目配せしました。や、その意図全然わかんないんですけどっ?




