第21話 利用されているなら
南の町に着いてからも、よそ者である私の話を誰も聞いてくれなくてひと悶着ありました。私の魔法は真実を聞き出すものであって、人を思い通りに動かせるわけではありません。だから単純に拒絶されるととても困ってしまうのです。
まぁ、怪我人を殺す気かって騒いだらお医者様が騒ぎを聞きつけて出て来てくれたので、一件落着となったわけですが。
医師がとりなしてくれたおかげで、馬に水や食事を与えたり、私もお茶をご馳走になったりできました。お礼に何か手伝えることはないかと聞いたものの声を掛けてくれる人はいなくて。
嘘です。若い女性たち数人が上流階級について話を聞かせてくれとやって来ました。こちらでも大衆向けの新聞が社交界のゴシップを記事にしているそうで、噂の真偽について教えてほしいって。とは言え、私自身ヤクサナの社交界については知らないので、逆にどんなゴシップがあるのか色々聞かせてもらいました。
王太子は頼りになるだとか、第二王子はハズレだとか、そんな話を聞きながら怪我人の診察と処置が終わるのを待ちます。彼がもしどこかへ行きたいのなら馬で連れて行こうかと思って。
しばらくして診療所内の病室へ招かれて行ってみると、怪我人君はベッドの上で半身を起こし窓の外を見ていました。
私は傍らの丸椅子に座り、彼の腕に巻かれた包帯を確認します。
「怪我もたいしたことなさそうでよかったです」
「お前さ……利用されてるってわかってんなら、離れたら?」
聞こえてましたかー。
私はドリス様と、利用されることを織り込み済みで婚約しています。だからそれを理由に彼から離れようとは思わない……のですが、正直に説明するわけにもいきません。
「え? 聞こえませんでした」
「お前なぁ。だからさ……、あぁもういいわ」
「そうですか。ところで行きたい場所があるなら馬でお連れしますケド」
「いや、そのうち迎えが来るはずだからいい」
お迎えと聞いてあらためて彼を見れば、髪や肌の艶が平民らしくありません。少なくとも資産階級以上のお家のご令息なのでしょう。
ならばもう心配はないかとひとり頷いたところで、彼がこちらに向き直ります。
「お前、名前は」
「ニナです。ニナ・ボガート」
「ボガート?」
彼がそう聞き返したとき、病室の扉が開いて医師が入って来ました。
「ご令嬢、お迎えが来ましたよ」
「えっ、私に?」
窓から外を見れば確かに不安そうにきょろきょろするルナルさまと、それに……ドリス様まで! 心配させてしまっただろうことは胃が痛くなるほど承知していますが、まさかドリス様までいらっしゃるなんて!
シュババッと立ち上がって医師に礼を言い、診療所を飛び出しました。
「ドリス様! ルナルさま!」
「ニナ……!」
駆け寄って抱き締めてくれるドリス様。ルナルさまも傍に来て泣きながら私に謝罪を繰り返します。
「ごめんなさいニナ様、ご無事で本当によかったぁぁぁ!」
「泣かないでください、ルナルさま。私が道を間違ってしまったみたいなの」
「いいえ! 長く閉鎖していた道が最近開通したのを、あたしが調べていなかったから。本当に申し訳ございません!」
「ちょ、人目がありますから、お顔をお上げになって」
ドリス様の腕から出て、ひたすら泣きながら謝るルナルさまをなだめます。客人が行方不明になったのですから、案内をしていた彼女は生きた心地がしなかったことでしょう。
あまり彼女に責任を追及しないよう、ドリス様にはしっかり話を聞いていただかなくては……。
「ドリス様」
見上げた彼は、鋭い目で遠くを見ていました。視線を追うとそれは診療所の窓。室内が暗いせいで窓の奥は見えません。
「ドリス様?」
「ああいや、ごめん。向こうに馬車を用意してあるから行こうか」
柔らかく微笑んだ彼はもういつものドリス様です。彼がご自分のジャケットを私の肩に掛けてくれたのですが、それがとっても温かくてホッとします。
ドリス様に支えてもらって馬車に乗り、彼も向かい側に座りました。ルナルさまは私の乗ってきた馬を連れ帰ってくれるのだとか。
動き出した馬車を先ほどお喋りしていた若い女の子たちだけが見送ってくれました。
「診療所にいたようだけど、体調が?」
窓から手を振り返す私に、ドリス様がぽつりと尋ねました。
「違います、私じゃなくて――」
「ああ。そういえば誰かいたようだったね。殺気がした」
「さっき?」
「誰だったのかな、あそこにいたのは」
ポカンと口を開けたままになった私を、エメラルド色の瞳が見つめます。瞳が小さく揺れる様はまるで、私の表情の変化のひとつひとつを見逃すまいとしているみたい。
探るような彼の視線に、私の小さな脳みそが高速回転を始めました。
ドリス様の言う殺気というのはわからないけど、どうやらドリス様は怪我人君を怪しんでいる様子。それで私に探りを入れている……?
「え、と。お名前は聞きそびれちゃったんですけど。怪我をしていたのでこの町までお連れして……。まっ、待って、え、もしかして私、疑われてます?」
「疑う?」
「や、わかんないですけど。私があの怪我人さんと知り合いだったんじゃないかとか、なんかそういう。え、だって怪我人さんを怪しんでるんですよね?」
「いや――」
私は緊張を悟られないように、そっと両の腕で自分自身を抱き締めました。
え、だって、疑われるのは困ります。私たちは愛情でも政治的なしがらみでもなく、私の能力だけで繋がってるんですから。私自身に疑いを持たれたら、この関係が壊れてしまうではないですか。困りますってば。
「ふ……あはは、顔が真っ青だ」
急に笑い出すドリス様。彼は窮屈そうに立ち上がったかと思うと、くるっと身体の向きを変えて私の隣へと座り直しました。
「だ、だって――」
そこで口を噤んだ私の顎を彼の左手が掬い上げ、顔を上に向かせます。綺麗なお顔はすぐ目の前にあり、視線を逸らすのも難しい。
「なにがそんなに君を不安にさせたのか、さっぱりわからなくてもどかしいな」
「え……っと?」
先ほどまでとは打って変わって、私の反応を楽しむような目。なんですかこの状況は。なんて言ったら正解なんですか。ってか顔が近い!
「僕はニナが――」
さらに彼のお顔が近づいたとき、「グルゥー」と私のお腹が鳴りました。そういえば何も食べてないんだった!




