第18話 旅の目的の表と裏と
ヤクサナ王国は王都ギムにやってまいりました! 鉄道のおかげであっという間に移動できましたが、気温も同じスピードで下がっていくので風邪をひいちゃいそう。
北の国らしく道行く人はみんなモコモコのコートを着ているし、空からはハラハラと白いものが落ちてきて。馬車の中からそれらを眺めるうちに、目的地であるギム小離宮へ到着です。
馬車を降り、迎えに出てくれたダノーギ子爵様にご挨拶。ダノーギ卿はこの小離宮を管理したり王家の客人をもてなしたりする役割があるのだそう。ピヨって鼻の下にカールした髭が生えてる。
「ようこそいらっしゃいました。まずは各々のお部屋へご案内いたしましょうか」
そう言って彼は私とドリス様のさらに後ろを見て首を傾げました。
「三名様でしたか」
「あれ、連絡が行き違いになっていたかな。彼女はローザと言って、ニナの侍女です」
侍女というのは嘘です。ローザとはレーアさまの妹のこと。まさかローザさまもいらっしゃるとは思わなかったですけども。
だってとっても大変だったんです。姉妹のご両親は、ドリス様に仲介を依頼することは了承していたけれど、他国の魔術師と結婚することは反対なんですって。
――実際に行って、向こうの生活がどれほど大変か見てこい!
なんて怒っちゃって。ドリス様が私の侍女として連れて行く分には可能だって言ったら、子爵であるお父君は「厳しく躾けてやってください」と。どうしてそうなるの……!
とはいえドリス様はお仕事で忙しくなさるでしょうし、ひとりぽっちは寂しいのでまぁいいかと同行してもらうことになったのでした。
ダノーギ卿は頷いて小離宮を手で指し示し、私たちを導くように歩き始めます。
「左様でしたか。客室は余っていますので問題ございません。我が娘をニナ様の御用聞きにと思っておりましたが……」
「ヤクサナでの勝手がわかりませんから、ご助力いただけると嬉しいですわ」
「そうですな、ではそのようにいたしましょう」
うんうんと満足そうなダノーギ卿は、離宮に入ると真っ直ぐ客室へ向かいました。日当たりや広さ、調度品などが最も良好なお部屋がドリス様、その隣が私の部屋だとのこと。
少しだけ悩んでから、私の部屋の隣にローザを案内してくれました。お隣ならより安心できますね。
それぞれ一度は自身の部屋に入ったものの、なぜかドリス様もローザも私の部屋に集まって来ました。どうしたのと聞けば、ローザは荷物を片付けるために、ドリス様はくつろぐためにと言います。ローザが本当の侍女ではないせいか、少し緊張するけれど……。
ローザがお茶を淹れたり、私のドレスをクローゼットへ仕舞ったりする様子を、ドリス様は鋭い目で見つめていました。
「ね、ドリス様」
「大丈夫、念のためだよ」
やっぱり。彼はローザを怪しんでいるのです。
魔術に傾倒していて、しかも過程はどうあれドリス様の仕事にくっついて来たわけですからね。魔術師であることを秘密にしている我々からしたら、警戒すべき相手であることは間違いありません。
なんだか落ち着かない滞在になりそうだわ、と肩をすくめつつ紅茶をひと口。うん、とっても美味しい。
ローザは片づけを終えると、夕食の前に着替えを手伝いに来ると言って出て行きました。思ったよりちゃんと侍女業ができています。驚いた。
「今回の訪問は、魔術師の出生に関する簡単な分析をするのが目的でね」
部屋に私と二人だけになると、ドリス様が静かな声でそう語り始めました。話しながらそっと腕を上げ、暖炉を指さした彼。次いでパチンと指を鳴らすと暖炉に火が! ドリス様が魔法を使うところをちゃんと見たのは初めてです。すごい、かっこいい!
「わー! もっかい、もう一回やってください!」
「燃やすものがないからダメだよ。続けていいかな?」
「うぅ。ごめんなさい。どうぞ」
「ヤクサナ側からの依頼なんだけど、ざっくり言うと魔術師が生まれやすい土地を探してくれってこと」
「へぇ……。でもそれは表向きの、ですよね?」
以前ドリス様がこの国に半年滞在したときには、魔素の研究をしていたと聞きました。魔素は土壌に含まれるものと考えられているのですが、それならヤクサナの土と我が国の土を代えたらどうなるか、というような。意味なかったみたいですけど。
でも、そのときも「表向きはね」と付け足していたのを覚えています。
「ゲールツ伯爵家とマーシャル子爵家が他国と内通していたろう。その相手がヤクサナなんだが……」
「ええっ?」
「ヤクサナの王は戦争などを考えていないことは間違いない。つまり、王の意向に背いてこちらに攻め入ろうと考える者がいる、ということだよ」
「ゲールツたちが連絡をとっていた相手は」
「直接やり取りする相手は末端すぎてね、どうにも上まで辿れない」
そりゃあ簡単にたどり着けてしまうほど考えの浅い相手なら、脅威にはなり得ないでしょう。と納得しかけて、私は大切なことに気付いてしまいました。
「もしかして私が同行したのって」
「ニナの想像の通りだよ。主犯が上位の王侯貴族の誰かだということまではわかってるんだ」
「本当の話をさせろと?」
「陛下はそうすべきと考えている。でも僕はそれを最終手段だと思ってるから、あまり心配しなくていいよ。ニナに頼らずともどうにかするさ」
陛下が私の能力を欲しがっているという言葉の、本当の意味が分かった気がします。使いようによっては国際問題さえ解決できるから、なんですね。
悪い人に自白させたりするのかなって思っていましたが……そんな小さな規模でも重要度でもなかった。
「私は大丈夫です」
そっと彼の手を握りました。大きくて温かくて大好きな手。
戦争を起こそうとする人を見つけ出すって、きっとすごく危険なことだと思います。命さえ危ぶまれるような、そういう任務のはず。
陛下の影として動くなら、いつか彼を失う日が来るかもしれない。それはもしかしたら明日かも。そう思ったらあまりにも恐ろしくて、つい彼に触れたくなってしまったのです。
「私、絶対すぐに見つけ出します!」
「いいや、最終手段だって言ったろ。君はまだこういうことに慣れてないし、初めての仕事にするには案件が大きすぎる」
空いたほうの手で頬を撫でてくれたドリス様。その指が私の唇に触れた瞬間、彼は慌てたように立ち上がりました。自然、握っていた手も離れます。
「僕は明日からしばらく忙しくなるから、君は観光でもしてるといいよ」
そう言ってドリス様は部屋を出て行ってしまいました。あっという間に冷えていく手を見つめ、溜め息をひとつ。
私が手伝うことで任務からの解放が一日でも早くなるのなら、と思ったのに。能力を求めて婚約したくせに、どうしてそれを使わせてくれないのですか。




