第16話 聞きたいことはありません
扉をドンと大きく開いてやって来たのはキェル様でした。
招待客というわけではないらしく、リッダー侯爵家の従者たちが彼の後ろで右往左往しています。それをドリス様が片手をあげて下がらせました。
「ニナ、迎えに来たぞ」
「えっと、どういう意味ですか」
「そのまんまの意味――え、アネリーン? 今日は体調が優れないって言ってたのになんでここにいるんだよ」
「キ、キェル様のほうこそ、ニナを迎えにってどういう意味よ!」
突然の痴話げんかに、会場中がシンとなります。
モニカが「何を見せられてるの?」とこぼしていますが、ごめん、私もわからない。
「おふたりはずいぶんと仲が良さそうだ」
ドリス様が楽しそうに言うと、ふたりがハッとした表情で顔を見合わせ、そして一歩ずつ離れました。ドリス様はそっと私の耳元に顔を近づけます。
「魔法効果は数秒残る、というのを覚えておいて」
「え? は……はぃ」
突然何を言うかとは思いましたが、魔法効果が残る、というのは理解できます。以前、ドリス様が私の質問に無言で対抗したとき、効果が切れるのを待っていた様子がありましたから。
ドリス様は顔をあげ、ふたりを交互に見ます。
「ちょっと噂を小耳に挟んだんだが、マーシャル子爵令息とゲールツ伯爵令嬢は愛し合っているとか?」
「な、なにを突然」
キェル様が否定しようとしますが、私を睨みつけているところを見ると私が言いふらしたと勘違いしているみたい。酷い話だわ。私が浮気したと嘘を吹聴したのはキェル様なのに。
それなら本当のことにしてあげようと、私は深く息を吸いました。強く強く魔力を込めて。
「アネリーンのことを真実の愛だと仰ってましたよね? あれは嘘だったと?」
「なっ――、や、真実の愛だと思ってた。俺はアネリーンが可愛かった。胸も立派だし! でもこの女は俺の金が目当てにすぎなかったんだ!」
「は、なに言ってるのよ!」
「アネリーンはどうしてキェル様に近づいたの? 好きになっちゃったって言ってたわよね?」
「好きなんかじゃないわ、ニナのものならなんだって奪ってやるつもりだっただけ! それにマーシャル家はカジノがあるじゃない、羽振りもいいし結婚するなら彼でいいかと思ったのよ」
私の能力って、恐ろしくないですか。すごく怖い。
ふたりとも、質問に答えてしまったあとで慌てて口を押さえています。言いたくて言ったわけではないんですよね、わかります。
混乱するふたりに、ドリス様がたたみかけるように質問を繰り出しました。
「マーシャル家のカジノ運営について、出資者は誰だったかな」
「ゲールツ伯爵家。ボガートはカジノに金は出さんと資金援助を断った。だから両親もアネリーンとの婚約には乗り気だったんだ」
「なぜゲールツ伯爵家は出資を?」
「知らないわよ。でもマーシャルのこと金の成る木だって言ってた。サイコロの細工ひとつで大金が動くんだからって、だからイカサマで儲けるつもりだったんじゃないの」
水を打ったように静かになる会場。
言ってしまってから事の重大さに気付くキェル様とアネリーン。再び口を押さえ、お互いを指さして「何を言ってるんだ」と罵り合います。
しまいにはアネリーンがキェル様にワインを浴びせかけ、キェル様はアネリーンの髪を鷲掴みにしようと手を伸ばして。慌てて侯爵家の従者たちが止めに入り、ふたりは別室へと運ばれて行きます。
「なんだか……とんでもないことになりましたね」
私がぼんやりとそう言うと、ドリス様が優しく私を抱き締めてくれました。温かくて力強くて優しい腕。
「怖かった?」
「いいえ。ドリス様がいてくれたから」
魔法効果が残ると言われて、もしかしてと思ったのです。
彼は以前、私の能力について「絶対に他言はしないように」と言っていました。その意味は最近薄々気付いていたんですけど……今日、ドリス様はこの能力の使い手が誰なのか、あやふやにしてくれた。また私を守ってくれた。
「彼らの調書には、相手を陥れるつもりで真実を吐露した、とでも書き加えておくよ」
イタズラっ子みたいな笑顔でちょっと怖いことを言っていますが、きっと彼ならそれを実現するのでしょう。彼は王国の影なのだから。
「結局なんだったの、あれ」
モニカが腕を組みながら唸っています。だいぶ腹を立てているみたい。
それを私の従兄はケーキで釣ってなだめすかしています。ふふ、あのふたりは政略結婚のようで昔から両想いだったから。アネリーンが何を言ったって誰も信じやしないのに。
「ニナ、少し外の空気を吸いに出ようか」
「はい」
ドリス様に連れられてバルコニーへ。お庭はないけれど、王都が一望できてとても良い眺めです。深呼吸をすれば若い青葉のみずみずしい香り。
「陛下はニナの力を欲している」
「以前もそう仰ってましたね」
だからドリス様は私を観察し、手中におさめるべくプロポーズをしてくれたのです。
「つまり今後も今日みたいな、いや、もっと複雑で危険な任務に協力を依頼することがあるかもしれない」
「断ることは?」
「――できるよ」
一瞬伏せた瞳に、それがとても難しいことがわかりました。いえ、彼ができると言うからにはできるのでしょう。ただし、代償が大きいのかもしれない。
「でも、ドリス様が私を守ってくださる?」
「必ず。生涯。絶対に」
私の目の前で跪き、私の左手をとって指先にキスをくれました。
騎士じゃないのに騎士の誓いみたいでとっても素敵。
「じゃあ、いいです。ついていきます」
「任務を嫌がっても、妻にはするからいいさ」
立ち上がった彼は再び私を抱き締めて、頭のてっぺんにキス。そっと身体を離しておでこにキス。さらに下がって頬にキス。
「何か聞きたいことはある?」
「……いいえ。今はなにも」
彼がそばにいる理由がたとえ任務のためであっても、私はドリス様が好き。
生涯守ってくれるって、その言葉ひとつで生きていける気がするもの。
出会い編、完です
まだ続きますが、ちょと立て込んでいるため3日ほどお休みします!
18日からまたよろしくお願いします
ブクマなどはどうぞそのままでお待ちくださいませー




