第14話 嵐の前の嵐
魔力の流れをちゃんと理解したくて、できるだけ社交の場に出ないようにすること二週間。ちゃんと練習したおかげで言葉に魔力を乗せる、乗せないの区別はかなりの精度でできるようになりました。
一方で、その強度はまだ上手にコントロールできません。
以前ドリス様は「威力が弱かったから無言でいられた」と言っていたことがあります。恐らくその威力とやらをちゃんとコントロールできれば、もっと自然に聞き出せるんじゃないかと思うのですけど。
さて、今夜はリッダー侯爵家での夜会です。私は招待客というより、どちらかといえばホスト側に近い立場で参加することとなっています。ので、少し早めに侯爵家のタウンハウスへとやって来ました。
侯爵ご夫妻にお会いしたことはありますが、ホスト側としてってことは、ほら、ドリス様の恋人であり将来的に結婚する予定だからっていう、なんかそういうことなので!
私の浮気の噂もお聞きになってるかもしれないし、そもそも侯爵家のご令息が婚約を解消された傷物と結婚するのをよく思っていらっしゃらないかもしれないし。
「緊張する……」
応接室に通されてから少し時間が経っています。ドリス様もいらっしゃらなくて、たったひとりポツンです。
夜会の準備で忙しいはずですから、待たされることは気にならないのですが。待てば待つほど緊張するというか寒い気がしてきた。いいえ気のせい。大丈夫。震えてるだけ。いやそれ大丈夫じゃない。
緊張のあまり身体が震えはじめた頃、突然扉が大きく開かれて年配の女性が入って来ました。慌てて立ち上がって相手をお迎えします。
「お待たせーっ! まぁまぁまぁまぁ! ニナちゃん、お久しぶりね」
「こ、侯爵夫人。ご無沙汰しております……!」
「あらやだ紅茶冷めてるわ、あ、でもいいか。先に着替えちゃいましょう。そうねそのほうがいいわ。アナタ、ほらアレ持って来て」
怒涛の早口に驚く間もなく、メイドたちが鏡やドレスを運び込みます。確かにドリス様からはドレスなども侯爵家で用意しているから、と聞いてはいたのですが。
「マダム・ベッカはご存じ? 付き合いの浅い相手だと三年は待たされるなんて噂の凄腕のデザイナーなの。マダムにお願いしてね、急いで作ってもらったんだから」
「え、あ、はい。すごく有名ですよね。……え?」
まさかそのドレスがこれですかって聞くのも恐ろしい。
メイドや夫人付きの侍女さんたちに囲まれて、私はあっという間に着替えさせられてしまいました。髪の毛も手際よくピシっとまとめてもらって、本当にすごいです。うちの新しい侍女だって負けていませんが、経験値が違うなと思わせられます。
夜の装いにふさわしいバーガンディ色のタフタのドレスは腰のあたりにいくつもドレープが重ねられ、上品で艶やか。肘まですっかり覆い隠す真っ白な手袋のボタンを、数人がかりでひとつひとつ留めているとドリス様がやって来ました。
「おお……綺麗だ」
「あらドリスったら。まだ来ていいとは言ってませんよ。まったくデリカシーのない」
「着飾った恋人にいち早く会いたいと思うのは自然なことでしょう」
なんかすっごい恥ずかしい会話してませんかっ? とモジモジしているうちにすっかり支度が終わりました。
侯爵夫人に促されるままソファーに座ると、向かいに夫人が、隣にドリス様が掛けます。隣ですか、そうですか、そうですよね、なんか恥ずかしいけど!
メイドたちが温かい紅茶を淹れなおし、やっと室内に落ち着きが戻って来ました。
「ドリスでよかったの?」
「えっ」
「それ聞いて考え直しちゃったら困るからやめて」
「だってニナちゃんは今、婚約解消後の休息期間でしょう。普通はその間により良いお相手を探すものなの。それをアナタが恋人だなんて言って……他の男は誰も結婚したがらないぞ、なんて脅されたりしなかった?」
「しないしない、さすがにそんな――」
ドリス様が口を閉ざしました。
結婚は絶望的だ、という建前で話が始まったのは確かですが、それは脅しに含まれるでしょうか? だってこの恋人契約は私側のメリットとして「結婚できる」があげられてましたからね。
でも私も結婚とは無縁だろうなと思っていたので、脅されてはいません、ということにします。
「はい、大丈夫です」
私がそう答えると侯爵夫人はホッとした様子で紅茶をひとくち。
「それならいいの。この子が女の子の話をしたのは初めてだし――」
「今言いますか、それ? 僕の前で?」
「だって本当のことじゃない。だからね、ニナちゃんのことはもう大歓迎よ。長男のお嫁ちゃんもとっても可愛いし、女だけでいろいろ遊びたくてウズウズしてるんだから」
「あ、はい。是非……」
侯爵夫人はそれだけ言うと「また後でね」と部屋を出て行きました。嵐のような人だ……。
そして残された私とドリス様。彼は思い出したようにジャケットから小さな箱を取り出し、私の目の前で開けて見せてくれました。
「綺麗……」
ドリス様の瞳にそっくりなエメラルドのネックレスです。彼はそれを手に取り私の首へ。
「これも、母に会ってもらったのも、ニナを傷つけないためのものだから」
「え、傷って一体どういう」
「ニナは俺の恋人で、俺たちは将来結婚するんだってことを忘れないで」
彼がそう言い終えたとき、エントランスのほうから来客の報せが聞こえました。
パーティーが始まります。恐らく何か事件が起きるのだろうパーティーが。




