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第12話 無理に聞くことはできないから


 キェル様は私の手を強く掴んで離さない。力いっぱい握り締めているみたいで、手首が物凄く痛くてたまらないのに彼はそれさえ気付いていません。


「痛い、離して!」

「そう言って逃げるつもりだろう、あの男のところに行くのか?」


 騒ぎに気付いて足を止める人もいますが、助けを求めるには少し遠い。それに、いつかドリス様が言っていた「情報化社会」という言葉が頭をよぎります。今度は一体どんな噂が飛び交うのかしら。私はドリス様になんて説明したらいいの?


「あなたはもう関係ない! 放してください!」

「俺の妻になるってのになんでそんなこと言うんだよ。くそ、躾けてやらないと――」


 キェル様が何かとても恐ろしい言葉を口にした瞬間、彼の手の甲を炎が舐めて私の手が自由になりました。と同時に目の前には大きな背中が出現し、ブロンドが揺れてふわりとムスクが香ります。


「熱っ! え、なんだよ、今なんか手が」

「僕のニナになんの用です?」

「は? あ、お前は……っ」

「ドリス様!」


 ドリス様は一瞬だけこちらを向いて小さく頷くと、再びキェル様に対峙しました。


「マーシャル子爵令息、これ以上彼女につきまとうようならこちらにも考えがあるが」

「チッ! ま、また迎えに来るからな、ニナ!」


 そう言ってキェル様は走ってどこかへ行ってしまいました。

 ドリス様が振り返って私の肩を抱き寄せてくれます。


「間に合ってよかった……。怪我は?」

「大丈夫です。ありがとうございました、本当になんてお礼を言ったらいいか」

「礼なんて。ニナは僕の恋人なんだから当然のことだ」

「ドリス様……」


 と、そこにモニカの慌てた声が。

 銅製のグラスを両手に持って、小走りでこちらへやって来ます。あれでこぼさないだなんて、彼女の体幹は一体どうなっているのかしら。


「まー! わたくし、急用を思い出しましたわ! アプシル卿、これ、お願いします!」


 モニカはグラスをふたつともドリス様に押し付けて、嵐のように去って行ってしまいました。途中振り返って私に親指を立てていきましたが、一体どういう意味なのか……。


「ふ……くっ。おもしろいお友達だね」

「本当に。モニカがいてくれなかったら私、もっとやさぐれていたかも」

「やさぐれたニナも見てみたいけど」


 手渡されたグラスにはりんごのジュースが。華やかな香りに誘われてひと口いただくと、りんごの甘さがすーっと喉を落ちて行って心を落ち着けてくれます。

 しばらく私たちは無言のままジュースを堪能しましたが、広場のほうを見つめていたドリス様が不意に口を開きました。


「このあと時間があるなら、少しデートとしゃれこもうか」

「い……いいんですかっ?」

「いいもなにも、僕のほうがそうしたいんだ」


 ドリス様は空っぽになったグラスを私の手から抜き取って立ち上がると、空いた手を私に差し出してくれました。その手をとろうとしたとき、私の手首に痛みが走ったのです。


「痛……っ」

「さっき掴まれていたところかな」


 グラスをベンチに置いて、彼が私の手袋を少しめくりました。それはどことなく恥ずかしくて、だけど壊れ物を扱うみたいに慎重な彼の手の動きが嬉しくて、なんとなく息をとめて見つめてしまいます。


「赤いね、しばらく痕になるかも」

「大丈夫です。人前で手袋を外すことなどほとんどありませんから」

「必ず……」

「え?」

「今後は必ず僕が守るから。何があっても」


 それが無理なことは理解しています。

 四六時中一緒にいるわけにはいきませんから。だけどそう言ってくれたことが、怪我を心配してくれたことが本当に嬉しい。

 あらためて負担のないよう彼の手をとりながら席を立ち、グラスをお店に返してデートの始まりです。まだ日があるうちにお散歩を、と遊歩道へと向かいました。


 午後の日差しを受けた池の水面はキラキラと宝石のように輝いています。私とドリス様はその宝石の上をすいすいと優雅に泳ぐ水鳥を眺めながら歩くのです、が。


「ドリス様はどうしてここに――」


 そう言いかけて口を噤みます。アネリーンと一緒でしたよねって、聞いていいのかしら。だけどどんなお話をしたんですかって聞くのはさすがに立ち入りすぎると思うし。

 あたふたする私にドリス様は「ああ」と笑いました。


「人に会っていたんだ。正門横のカフェでね」

「人」


 隠した……?

 アネリーンと会っていたと、なぜ言わないのでしょうか。仲介の仕事を頼まれたのならそう言えば済むはずで。それを言わないのはどうして?

 聞きたいけれど聞けませんでした。私が何か問えばドリス様は答えざるを得なくなります。本人はそれを望まないから隠したというのに、無理に暴くのは失礼なことですから。


「私、自分の能力がよくわかっていなくて」

「わからない?」

「昨日、初めて能力を意図して使ったんです。それでメイドに言いたくないことを言わせて……怯えさせてしまいました。とても怖い力だと思います。今までもそうやっていろんな人を傷つけてしまったのかと思ったら、私――」


 立ち止まった私をドリス様が強く抱きしめました。腕の力は強いように感じるのにまるで苦しくなくて、ここでもまた大事にしてもらっているのだと気づかされます。


「今、僕に能力を使わないようにしてくれたんだ?」

「あ……」

「力の使い方はこれからゆっくり覚えて行こう。僕が手伝うから。意図せず誰かを傷つけないように、ニナが傷つかないように」

「……はい。ありがとうございます」


 彼の腕の中で聞く彼の声は少しだけくぐもっていて、だけどとっても温かくて。

 大丈夫。アネリーンのことはきっと何か事情があって言えないだけ。そうよ、アネリーンはいずれキェル様と婚約する身なのに結婚相談をするだなんて、大きな声で言えるわけないわ、きっとそう。


「落ち着いた?」


 顔を上げると、ドリス様が私の頬についた後れ毛を優しく掬って後ろへと流してくれました。


「はい、おかげさまで」


 私が笑えば笑い返してくれる柔らかなエメラルドの瞳。

 ドリス様の指が触れた場所からじわじわと熱が広がっていくのはどうしてでしょう。私のことをどう思っているのですか、って聞けたらいいのに。




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