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第11話 仮にも友人だろうに


 アネリーン・ゲールツ伯爵令嬢からの呼び出しに応じたのは、ニナの件で相談があるとのことだったからだ。

 ニナの能力は本来なら王国が総力をあげて守るべきもの。ただ能力の全貌を明かすわけにはいかないため、そうできないという事情がある。嘘のつけない相手がいれば誰だって邪魔に思うだろうし、何より能力が知られていては相手に対策を取られるわけで。

 が、味方につければこれほど頼もしい存在もない。それで王は彼女の能力を対外戦略のための情報収集に用いたいと考えているのだが……。


 とにかく。もしゲールツ伯爵令嬢の言う相談の内容が、彼女の能力に関わるものであったなら。そう考えたら断るという選択肢などなかった。

 指定のカフェには彼女が既に到着しており、こちらに手を振る彼女の動きに合わせてプラチナブロンドが揺れる。


「突然お呼びしたのに、来てくれて嬉しいです!」


 店の窓側の端にある小さなふたり席。カップをふたつ並べればそれでいっぱいになりそうなサイズのカフェテーブルと、外を眺められるように斜めに配置された椅子は内密な話をするのにうってつけだ。人目を気にしなければ、だが。


「それで、相談とは」


 コーヒーをひとつ頼んで店員が立ち去ったのを確認してから、早速本題に入る。ゲールツ伯爵令嬢はほんのり頬を赤らめながら視線をテーブルの上のカップに移した。


「相談っていうか、ちゃんとお伝えしておかないとと思ったっていうか。実は……ニナってすっごい男好きで浮気性なんです」

「男好き?」

「夜会ではいつも婚約者――あ、元婚約者でマーシャル子爵家のご令息のキェル様のことなんですけど」

「知っています」

「ニナは彼をそっちのけで他の男性を侍らせたり、婚約者を放置して別の男性とパーティーに参加したりしたことも……。あっ、確かそのときのお相手って侯爵家のご令嬢モニカ様の婚約者だったはずですわ。親友の婚約者にまで手を出す節操のなさには呆れてしまいます。それに――」


 店員がコーヒーを運んできたときにも間断なく口を動かしており、よくもまぁここまで喋り続けられるなと感心する。

 確かに彼女の言っていることは嘘ではない。が、事実であっても悪意をもって切り取ればここまで誤認させられる、というだけの話だ。情報化社会において嘘は嘘とバレやすいが、逆に事実であればたとえ誤解を招く内容であっても面白おかしく吹聴されるのが問題で……。

 僕が大勢の前であまり言葉を発さなくなった理由でもある。揚げ足をとられるのも、一部の言葉だけを切り取って言いふらされるのも本当に迷惑だ。


 適当に相槌を打ちながらコーヒーを飲んでいると、彼女は一層饒舌になった。仮にも友人であるニナについて、これほど楽しそうに悪口を並べられるとはたいしたものだと思う。


「――実はニナの侍女だった男爵家のご令嬢が、今はあたしの侍女なんですけど。ニナはケチでいつも人の悪口言ってたって言ってて。そういうのって、外面がいいと周りの人にはわからないじゃないですか」


 侍女が奉公先を変えたのは事実。

 ニナの侍女として仕えていた期間もそう長くないし、それにこちらで調べたところによると待遇面でゲールツ伯爵家を選んだらしい。そう両親に漏らしていたことがわかっている。

 金で動く人間は嫌いではないが、証言の信頼性についてはそれなりだろう。信じるには値しない。


「で、僕に気を付けろと言いたいわけですね? 忠告には感謝しましょう」

「はい! そ、それで、あの……あたしだったらドリス様を傷つけるようなことはしないのにって思って」

「どういう意味?」

「えっとだから、あたしのほうが妻として立派にドリス様をお支えできるので!」

「ニナから乗り換えろと?」

「乗り換えろっていうのはちょっと言い方がアレですけど」


 気が付けばゲールツ伯爵令嬢はこちらに身体を寄せて自分のアピールに余念がない。胸を僕の腕に触れさせようとするあたり、自身の武器をよく理解しているようだ。それは裏を返せば武器としての有用性を知る機会が幾度もあったということで。


「とにかく」

「えっ……?」


 椅子ごと彼女から距離をとれば、彼女は何が起こったのかわからないという顔で首を傾げた。近づく男はいても遠ざかる男はいなかったのかもしれない。


「ニナに浮気癖などないことはわかっていますが――」

「だ、騙されてます!」

「浮気癖があってもなくても、それをどうするかは僕とニナの問題であって、ゲールツ伯爵令嬢に対する好意が上がったり下がったりするものではない」

「わかってますケド」

「そして僕が君に特別な感情を持つことはないから、この話はこれでおしまいですね」


 立ち上がった僕の袖をゲールツ伯爵令嬢が掴む。


「どっどうしてそう言い切れるんですか!」

「と言いますと?」

「ドリス様はあたしのこと何もご存じないじゃないですか。一緒に過ごす時間がもっとあれば、その気持ちだって変わるかもしれないのに」


 青い瞳に涙が滲む。これはとんだ女優だな。

 マーシャル子爵家はいずれ取り潰しになるし、その過程でキェル・マーシャルもアネリーン・ゲールツも自滅するだろう……と対策を講じなかったのは僕のミスだ。

 ニナへの執着は想像以上に強いようだし、彼女に直接的な危害を加えられる前にどうにかしなくては。


「まず言っておきたいのは、名前で呼ぶことは許可していませんのでお気をつけいただきたい」

「……はい、ごめんなさい。でも、あたしは」

「それから、来月の頭にリッダー侯爵家の主催する夜会があります。僕は公の場に出るのをあまり好まないが、生家ですしこちらには参加する予定です。あとで招待状をお送りしましょう」

「えっ、ほんとですかっ! 行きます、絶対行きます!」

「あくまで僕の恋人はニナです。が、そこで君のことをもっと聞かせてください」


 予定があるのでと断ってカフェを出る。

 さて、やるべきことが増えてしまった。時間もあまりないし、調査を急がなくては。





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