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第10話 欲しがり屋さん


 パーク正門のアーチをくぐって左手側に進むと広場があり、そこではいつも誰かが演説や議論をしてる。今日のテーマは我が国に魔術師が少ない理由について、だそうです。弁士はこれを他国の陰謀だと訴えてるみたい。

 正門から真っ直ぐ進めば大きな池とそれを囲む遊歩道があり、多くはその遊歩道をゆっくり歩きながらお喋りをしたり新たな出会いを探したりするのですが。


 そのどちらでもない右手側は木々が茂る避暑エリアで、もう少し暑くなってきたらこの辺りでピクニックをする女性たちの姿がたくさん見られるようになるでしょう。

 でも今時期は人が少なくて、私たちはこのエリアのベンチに腰を下ろしました。


「ニナ、大丈夫?」

「うん。たぶん仕事の話をしてるんだと思うわ。こないだアネリーンからドリス様に手紙が来ていたようだから」

「でもアネリーンってキェル様がいるし、仲介なんて」

「そう、だから不可解なのよね」


 アネリーンは一体何を目的にドリス様に近づいているのかしらと。

 けれどモニカは何かを思い出したように私の肩をゆすります。


「そういえば! アネリーンって昔からニナの物なんでも欲しがってたよね」

「えぇ?」

「ほらー、ブレスレットを盗まれたことあったじゃない?」


 あれは建国祭の夜だったと思います。毎年の建国記念日のパーティーは、子どもも大人と一緒になって楽しめる特別な催し物。まだ成人前だった私たちもおめかしをしてお城に向かいました。

 両親に連れられて偉い人たちにご挨拶をして、それからみんなのところに戻ったら泥棒だとかなんとか言って大騒ぎになっていたのです。


「アネリーンが私が落としたブレスレットを拾ってくれた話でしょ?」

「あなたが戻って来る前にね、みんなで『それはニナのだ』、『盗んだのか』って聞いたら『あたしのだ』って言い張ってたの」

「え、知らなかった。そうなの?」

「戻って来たあなたが『私のブレスレットだよね?』って聞いて、それでやっと『拾った』って白状したんだから」

「へぇ……」


 確かあのときはすぐに「ありがとう」って感謝のハグをして、ブレスレットも返してもらったと思います。だから盗まれたという覚えはないのだけど、まさか自分のだと言い張っていたなんて……。


「へぇ、じゃないわ。あれからニナのもの欲しがってばかりじゃない。扇でしょ、ネックレスでしょ、香水でしょ、それに――」

「欲しがってはいたけど、あげてないわよ?」

「侍女を引き抜いたし、婚約者を奪ったじゃない」

「……あーね」


 高い給金を提示したらしく、侍女はゲールツ伯爵家に行ってしまいました。それが昨年のことですから短い期間で身近な存在をふたりも奪われたことになります。

 そして、モニカが何を言わんとしているかもわかってしまいました。


「大丈夫、ドリス様はお仕事よ」

「そうね。そうに決まってる。さぁ、ちょっと飲み物を買って来るわ。ここで待ってて」


 モニカは元気づけるように私の背中を軽く叩き、ぱっと立ち上がって広場のほうへと向かいました。そこには公園内で食べるための軽食を売る店があるのですが、お味もなかなかいいのです。このパークは貴族や大商人のような資産階級(ブルジョワジー)が多く集まるからでしょうね。


「そう、きっと大丈夫よ」


 口に出すのは、ちょっとだけ自信がないから。

 もともと、ドリス様には他に好きな人がいるんだと思っていました。それでカモフラージュ婚にちょうどいい私を選んだのだろうと。

 でもどうやら私の能力が目的で近づいてきたようだ、ということが最近わかりました。……ということは、彼は別に「叶わぬ恋」をしているわけではないのです。

 つまり他に誰かを愛したなら、私との恋人契約なんて破棄してそのお相手と――。


 確かにアネリーンは可愛いし胸部はご立派だし小鳥みたいによく喋るし、なにからなにまで私とは正反対。お勉強が苦手な女性の代名詞みたいな赤髪ピンク目の私と違って、艶やかなプラチナブロンドと海みたいな青の目。

 どうして私のものを欲しがるのかさっぱりわからないくらい、彼女はそのままで魅力的な人なのに。


「ドリス様には手を出さないでほしい……」


 ドリス様とアネリーンが仲良く並ぶ姿が思い浮かび、膝の上に置いた手にぐっと力が入りました。

 彼は質問攻めにする私を受け入れてくれて、ぼろぼろの私を包み込んでくれて、私の名誉を取り返してくれて。まだ何もお返しできてませんし、それに……。


 俯く私の視線の先でこちらに近づく影がありました。モニカかと思ったけれど、その影はすらりとしていてドレスのようなふわふわ感がないので、きっと男性ですね。

 パークでのお散歩は社交の一種でもあり、コネクションの醸成にはとても有用です。でも普通なら共通の知人を介して紹介し合ったりするもので、ひとりきりの女性に近づく男性は紳士とは思えません。


 目の前で立ち止まった人物の靴はやはり男性用のそれで、警戒しつつ顔を上げた先にいたのは――。


「キ、ェル様?」

「ニナ……! どうして手紙の返事をくれないんだ、何通も何通も送ったのに!」

「え。どういうことですか、知りません」

「チャラチャラした男と恋人の振りなんてしなくていいんだぞ。俺に嫉妬させたかったんだろう? 大丈夫、わかってるし怒らないから」


 あの不気味な手紙と同じこと言ってる……っ!

 彼から距離をとるべく慌てて立ち上がって一歩右へと離れました。キェル様は感情の読めない笑みを浮かべたまま首を傾げます。


「恥ずかしがってるのならいいけど、あんまり拗ねないでくれよ? ほら、こっちにおいで」

「や、やめて」

「おい、俺に恥をかかせるのか?」


 泣きそうなお顔が薄ら笑いに変じ、困った顔になったかと思えば怒り出して。キェル様の情緒はお世辞にも落ち着いているとは思えなくて、恐怖ばかりが募っていきます。

 キェル様は痺れを切らしたのか、後ずさる私に手を伸ばしました。




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