1
「なにをやっているのですっ!?どきなさいっ!!」
「きゃっ!?」
漆黒の鎧を纏った騎士の凶刃が迫る。男はヒーラーである少女を庇い、そして…。
「なにをするんで…す……り、リンネさんっ!?」
…腹から剣を生やしていた。
「うっ……。」
男がそう苦しげな息を漏らすと、剣が引き抜かれ、先ほどより勢いよくドプッと溢れ出した血液が大きな血溜まりを生み出す。溢れ出た血液はあまりにも多く、明らかに内臓か重要な血管を傷つけてしまっている。
つまりはそれが致命的なものだと誰の目にもわかるものだった。
「あっ…あっ…ひ、【ヒール】。」
目の前で起こったことの衝撃で何をしていいのかわからず、少女がただ混乱して唱えた回復魔術。
それは無駄な行為に思われた。
しかし、奇跡というやつが起こったのだ。
傷つけられた内臓が薄皮1枚の繋がりを取り戻す。
「っ!?」
そのことに気がついた男は仲間に声を上げる。
「マディウス!!体勢を立て直すんだ!!ブラッドナイトはAランク相当だけど中級以上の魔術ならば…っ!?」
男は仲間の方を見て…そして、驚愕した。
なんと彼らはすでに男を見捨てて逃げ始めており、ヒーラーである少女は担いでいるマディウスの肩で暴れ、男を見捨てさせまいと抵抗をしていた。
「なにしてるんですか!!マディウス!!リンネさんを助けなくちゃっ!?ガクン……。」
しかし、彼女はその努力虚しく薬かなにかで気絶させられ、手慣れた様子で、彼らは一瞥さえすることなく、ドンドンと遠くへと走っていく。
チッと舌打ちしたベテランBランク冒険者の男…リンネはマジックバッグに入っていたハイポーションを取り出し、蓋を開け、一気に中身を飲み干す。
【ヒットポイント1からの回復を確認。スキル【最強への道】発動。身体能力、魔力を向上。】
そんなアナウンスがリンネの脳内に聞こえて来るなり、魔術による身体強化をし、ダークナイトが振り下ろす剣を迎え撃った。
「ハアッ!!」
―
最近、関節が軋むようになってきた。
筋肉痛が次の日ではなく、次の次…もしくはさらに一日後に…。
身体の衰えが目に見え始め、後数年もすれば、加齢臭なんてものも漂い始めるのではないかと内心心配しだす自分になんとも嫌気が差す。
パーティーメンバーで若い頃とほぼ同じ体格なのは、俺ことリンネと、元々ぽっちゃりとしていたリーダーのトンガのみ。
一番細身でスピード重視のハンターだったジルドなんて、パワー重視のトンガとほぼ同じ体格となっていた。
終わりというものは目に見えていた。
そんなことは以前からわかっていた。
けれど、目の前にそれを突きつけられてしまえば、先に聞かされていた者、もしくは余程愛着のない者以外は驚きを隠せはしないことだろう。
だから、リンネはトンガに聞かされたその言葉に思わずオウム返ししてしまう。
「は?冒険者を辞める?」
リンネの問いかけにトンガは重々しく口を開く。
「…ああ。」
「…それでパーティーを解散…と…。」
「……ああ。」
トンガの続く言葉にリンネは目を見開くと、他のメンバーたちを見回した。
すると、全員が全員、リンネから目を逸らすのみ。
どうやらリンネ以外のメンバーたちには話が全て通されているらしい。
「……っ……なんですかそれは…。」
リンネは思わずテーブルを蹴り飛ばす。当然、その上に乗っていたものは床に落ち、ガシャーンと皿が割れる音なんかが周りに響いた。
それで店主含め周りの連中がこちらを見たのは言うまでもないことだが、その視線はすぐに逸らされる。
Bランクという上位冒険者のリンネが完全にブチギレ、身体に魔力を纏わせていたからだ。もし声でも掛けて、その猛威が自分に飛び火でもしてしまえば、命も危ういのはわかりきってきた。
触らぬ神に祟りなし。
しかし、そんな存在に触れないわけにもいかない者達もいる。
「「「……。」」」
まあ、そんな人物たちもこんな風に口を閉ざしてしまったのだが…。
リンネはリーダーであるトンガの根回しの良さは尊敬していたが、こんなことにまでそうされてしまうのはかなり面白くはなかった。
プッツンとキレたリンネは台無しになった酒や料理などを尻目に酒場を出ていく。
リンネが視界から消え、ようやく「リン!!」なんてトンガの呼び止める声が出た。
リンネはそれに振り向くことなく、魔力を抑え込み、静まり返った酒場で呟く。
「…わかってますよ。解散でしょ?好きにしなさい。」
それは完全なる喧嘩別れだった。
24、5年ほど連れ添った仲間たちとの別れにしてはあまりにも呆気ない最後。
リンネは家に帰り、布団を被り眠った。
【スキル【ガッツ】を獲得。【ガッツ】を統合し、スキル【死からの生還】が【最強への道】へと進化します。】
そんなアナウンスが朝早くに脳内を流れた。
しかしながら、空が白み始めるというあまりにも早いうちだったため、リンネはそんなこと露知らず…。
そして、リンネは部屋へと差し込む朝日で目を覚まし、前日に自分がやったことを思い出すのだった。
「……や、やってしまった。」
やってしまった…やらかした。
それも盛大に、関係のない店にまで迷惑をかけてしまった。
まあ、あそこは荒くれ者たち冒険者行きつけの店なので、大して気にはしていないだろうが、リンネの性格からして自責の念というやつに駆られるのは致し方ないことだろう。
「はぁ…そのうち謝りに行かないと…。」
リンネはため息を吐くと、ベッドから起き上がり、素早くギルドに行く準備を整えて、家を出た。
作る気がしなかったので、途中で適当に朝食を食べ、昼食用の弁当を買ってから、ギルドに向かう。
そのうちリンネがたどり着くと、ギルドの建物内は程よく人も捌けていて…。
「おう、リンネ!またやったんだってな!!」
残っていたのはこんな風に肩なんて組んでなんてしてくる、リンネたち以上のベテランの酔っ払いだけだった。
彼らの言いようからして、どうやら昨日のことはここでも広まっているらしい。
まあ、酔っ払いどもの無神経な行動や言動に、正直一瞬、イラっとはしたが、こんな奴らを相手にしているのは時間の無駄なので適当にあしらうと、トンガたちは来ているかと聞きに誰かしら受付嬢ところへと行くことにした。
すると、「チッ…。」という舌打ちが聞こえ、リンネがそちらへと視線を向けると、そこには長い黒髪の目つきが鋭い美女がいた。
「…依頼だって上で父さんが待ってる。それじゃあ、私、伝えたから。」
「えっ……あ、ああ、ありがとう。」
そう要件のみを伝えると、リンネの言葉など知らぬと彼女はさっさと踵を返してしまう。
彼女の名前はミント。元Aランク冒険者であり、現このギルドのマスターであるムキムキなフリッドとは似ても似つかない実の娘である。
この街も長くリンネとは昔からの知り合いなの…だが、見ての通り関係はあまりよろしくない。
リンネは元々、トンガたちのことでも聞こうとギルドに来たわけなのだが、弱みのあるミントに嫌々ながらもそんな声を掛けられては致し方あるまい。
リンネは軽く頭を掻くと、トンガたちのことを聞くのは後回しとして、フリッドの待つ部屋へと歩みを進めることにした。