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第96話 『次なる作戦へ』

 チェルシーは山を公国側に降りたところで部下たちと落ち合った。

 残った部下の人数は15名。

 5人の部下が先ほどの戦いでエミルに殺されてしまった。

 

(1人の犠牲者も出さないつもりだったのに……)

 

 そのためにチェルシーは先頭に立って自分1人で戦ったというのに、むざむざ部下を失ってしまった。

 ここで兵の損耗そんもうを招いてしまったことは大きな誤算だ。

 だがチェルシーは指揮官である。

 失敗を悔やむ顔を部下たちに見せるのではなく、次の一手を打って皆をみちびかなければならない。


 幸いにして生き残った部下たちに大きなケガはないが、ショーナを初めとする黒髪術者ダークネス3名はそうはいかなかった。

 ショーナの部下である2人の黒髪術者ダークネスの男は共に意識を失ったままだ。

 そしてショーナも苦しげな顔で地面にしゃがみ込んでいる。

 チェルシーはショーナに近付くとその肩に手を置いた。


「ショーナ。辛そうね」

「申し訳ございません。情けないところをお見せして」

「エミルのせい?」

「ええ……とてつもない力の波動が押し寄せて来て、このザマです。しばらくはワタシの力も使い物にならないと思います」

「倒れている2人は目を覚ましそう?」


 チェルシーの言葉にショーナは部下たちを見やる。

 黒髪術者ダークネスの男2人は谷間の戦いで気を失い、仲間たちに担がれてここまで連れて来られ、今は柔らかな草の上に寝かされている。


「まだ何とも……ですが頭に相当な負荷がかかっていると思うので、今無理に起こせば力が失われたまま元に戻らないかもしれません」


 黒髪術者ダークネスのことについては誰よりもショーナが分かっている。

 彼女の言葉を無視することは出来ない。

 チェルシーはうなづくと、部下たちを見回した。


「これから共和国に潜入する予定だったけれど、仲間を5人失い、なおかつ黒髪術者ダークネスの力に頼れない状況は万全とは程遠いわ。この先は補給も期待できない敵地での完全単独行動になるのだから、万全ではない状態で挑むのは危険がともなう。だから一度アリアドに戻ることにするわ。新たな人員補充のために」


 指揮官の言葉に部下たちは神妙な面持おももちを浮かべる。

 それが何を意味するのか、分かっているのだ。

 独断行動で兵の損耗そんもうを招き、その結果として本来の作戦行動に支障をきたした。

 そのことを露見させてでもチェルシーは恥を忍んで兵の補充を行うと言うのだ。

 作戦続行のために。


 指揮官としての現実的な判断であるが、チェルシーをうとましく思う王国の一部の者たちには格好のえさを与えてしまうことになる。

 チェルシー将軍は軍規に違反したので処罰を与えるべき、と。

 そうなれば彼女によって重用ちょうようされているこのココノエ出身の部下たちに向く目も厳しくなるだろう。


閣下かっか。作戦でしたらこの人数でも……」


 部下の1人がそう言いかけた時、その場にシジマとオニユリが戻ってきた。

 あの岩橋で谷間の向こう側に回り込んだ2人は抜け道を戻り、皆より遅れて帰還したのだ。


閣下かっか。死んだ部下たちの銃火器は回収してまいりました」


 そう言うとシジマは背負っていた大袋おおぶくろを部下に手渡した。

 その後ろには右肩を負傷したオニユリの姿がある。


「すぐにオニユリの手当てを」


 チェルシーは部下らにそう命じると、オニユリに歩み寄った。


「ご苦労様。せっかく敵の女戦士をあなたが仕留めてくれたのに、プリシラとエミルを捕らえられなかったわ。悪かったわね」

「お気になさらずに。それよりチェルシー様。全員でアリアドに戻る必要はありませんわ」


 そう言うオニユリにチェルシーはまゆを潜める。

 オニユリは痛めた右肩の手当てを部下から受けながら、笑みを浮かべた。


「兵の補充ならば私の私兵を使って下さいな。5名くらいならばそれで十分に事足りると思いますわ。元気な若い男たちなのでお役に立てると思います」

「……あなたの私兵を?」

「ええ。そうすれば国王陛下や副将軍閣下(かっか)のおとがめを受けずに済みますわよ。今はアリアドにいるので、私が呼んでまいりましょう。この腕ではしばらくお役に立てそうもありませんので、そのくらいはさせて下さいまし」


 そう言うとオニユリは静かな笑みをチェルシーに向ける。


「必要な人数の兵士を必要な時に必要な場所へお送りいたしますわ。もちろん数に限りはありますけれど、きちんと訓練された者たちなのでご安心を」


 オニユリの言葉に仲間たちから安堵あんどの声が上がる。

 現在のココノエの総督そうとくであるヤゲンの妹・オニユリ。

 彼女は一族一番の銃の使い手であり、私兵を持つことを許されている。


 その数は十数名に上り、今回の作戦で落命した5人の補充は十分に出来る。

 ならば作戦を実行するのに支障はなく、チェルシーが兄たちから叱責しっせきを受けることもない。

 オニユリの言葉にチェルシーは素直にうなづいた。


「そう。オニユリ。あなたの厚意と忠義に感謝するわ。ではワタシたちはこのままさらに南に回って山の南側から共和国に入るから……」


 チェルシーと話し合うオニユリを見て、この場で唯一、(いぶか)しげな顔をしているのはシジマだ。

 彼はよく知っている。

 妹は厚意や忠義などという言葉からはおよそ縁遠えんどおい性格だということを。


 利己りこ的で計算高い彼女が何の見返りもなくチェルシーに尽くすとは思えなかった。

 それにシジマは感じ取っている。

 妹がチェルシーのことを内心で嫌っていると。


(我が妹ながら信用ならない奴だ。馬鹿なことをしてくれるなよ?)


 アリアドに戻った妹が、兄の目が外れたのをいいことに好き勝手に動くのではないかとシジマは懸念けねんする。

 そしてチェルシーとの話し合いを終え、アリアドへの帰還に向けて準備を始めるオニユリに近付くと、声を潜めてシジマは言った。


「おい。何を考えている」

「何ですか? 兄様。私は部下として将軍閣下(かっか)すみやかな作戦遂行にご協力しただけですわ」

御為おためごかしはよせ。何をたくらんでいる?」


 そう言うシジマにオニユリは嫌そうな顔で肩をすくめてみせる。


「兄様は疑り深いですわね。兄に信用されていないなんて妹としてはさびしい限りですわ。チェルシー様のお立場が悪くなれば、私も今のように好き勝手はさせてもらえないでしょう? 私は私の立場を守るためにチェルシー様にああ申し上げたのです。それがご不満ですか?」


 そう言う妹の顔をシジマはジッと見つめる。

 そして小さく溜息ためいきをついた。


「その言葉、忘れるなよ? 閣下かっか盛衰せいすいがそのまま我らの命運になるということを」


 そう言うとシジマは妹に背を向けてチェルシーと今後の今後の動きを話し合うべく、その場を離れた。

 その背中を見つめながらオニユリは内心で舌を出す。


(兄様は妙に勘が鋭いところがあるから、注意しないと)


 そして自分だけが手に入れた宝物を堪能たんのうするために一刻も早くアリアドに戻らねばとはやる心を抑えるのだった。

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