第81話 『激突! 金と銀』
剣を抜き放ったチェルシーは目の前にいるプリシラとの戦いを前に、無性に体が高揚するのを感じていた。
それは姉への怒りとはまた別のものだ。
自分の身体の中に流れる血が戦いを欲しているのだ。
今までも戦場に立つとそういうことは多々あった。
しかし実際に戦ってみると相手は自分よりも遥かに格下の者ばかりで、戦いはつまらないほどあっけなく終わるのだ。
今まで彼女は自分と互角の相手と戦ったことはない。
彼女が生まれた時にはもう母である先代クローディアは戦えない体になっていたし、訓練時に自分の相手を務めていた王国の歴戦の戦士たちも、すぐに成長するチェルシーの後塵を拝することになった。
銃を持ったシジマやオニユリでさえ、彼女の相手にはならない。
(本気で戦ってみたい)
今、チェルシーの体を支配するのはそんな無邪気な欲望だ。
目的はプリシラを殺すことではなく、生かしたまま捕えることだ。
ゆえにチェルシーは全力で戦ってみたいという自らの欲求を極力抑えて、剣を手にプリシラへと飛びかかった。
それでも10メートルほどの距離が一瞬にして縮まった。
「はあっ!」
気合いの声を発してチェルシーはプリシラの頭上から鋭く剣を振るう。
今までの戦場ではこの一撃で確実に相手を仕留めてきた。
だが……。
「くっ!」
プリシラは反応してみせた。
チェルシーの飛び込みに反応してわずかに後方に下がり、彼女はその剣でチェルシーの剣を受け止めたのだ。
チェルシーの腕が異常に筋肉で盛り上がり、力で押し込もうとする。
しかしプリシラの腕も同じように盛り上がり、これに負けじと押し返す。
(……強い。今まで戦った誰よりも)
相手が簡単には死なないことを感じ取ったチェルシーは、嬉々とした顔でプリシラに剣を打ち込んでいく。
王国軍で幼い頃から彼女に訓練を課した歴戦の戦士たちは、その身体能力こそチェルシーには敵わなかったが、師としては優秀な者たちだった。
彼らの戦いの技術の引き出しは多く、必然的にチェルシーもその若さに見合わぬ老獪な戦い方を身につけていったのだ。
その技術はここ最近の実戦を経てより一層磨かれていた。
「プリシラ! どこまでついてこられるか見せてみなさい!」
チェルシーの猛攻が始まった。
☆☆☆☆☆☆
チェルシーが10メートルの距離を一瞬で詰めて来たその時、プリシラには一瞬、相手が消えたように見えた。
だがそうした現象は彼女にとって初めてではなかった。
だからこそ反応できたのだ。
即座に半歩下がると同時に剣を振り上げる。
一瞬で間合いを詰めて目の前に飛び込んできたチェルシーの振り下ろした剣をプリシラは受け止めた。
とてつもなく重い一撃だが、その衝撃も感じたことのあるものだったので受け止められた。
(母様やクローディア、それにブライズおばさまとベリンダおばさまにも感謝しなくちゃ)
プリシラの周りには女王であるブリジットやクローディア、さらにはクローディアの従姉妹にあたるブライズとベリンダの姉妹がいる。
皆、ダニアの女王の系譜に名を連ねる者たちであり、異常筋力の持ち主だ。
プリシラはそうした強者達に訓連を受けてきた。
その経験が活きたのだ。
チェルシーが次々と打ち込んでくる剣にすべて反応し、これにプリシラは耐え抜いて見せる。
チェルシーは速く強かったが、プリシラの目はすぐにその速さに慣れて追えるようになり、プリシラの体はしっかりと彼女の一撃を受け止めることが出来た。
(戦える……負けずにやり合える!)
今度はプリシラが打って出る。
強靭な下半身の筋力から繰り出す得意の足の踏み込みで鋭く剣を突き出した。
チェルシーはこれを平然と避けるが、プリシラは構わずに連続で突きを繰り出す。
「はあああああっ!」
猛然と突き出される剣の切っ先がチェルシーの美しい銀髪を掠めた。
それでもチェルシーは冷静にそれを避ける。
その目はプリシラを捉えたままだ。
「思ったよりいい攻撃ね」
そう言うとチェルシーは反撃の剣を連続で繰り出した。
プリシラはこれをしっかりと己の剣で防ぐが、攻撃を受けるうちに徐々に違和感を覚え始める。
チェルシーの攻撃が……少しずつ変化を見せていた。
(速くなっている……?)
反応したはずの剣先が、プリシラの腕や足をわずかに斬りつけて傷つける。
その頻度が次第に上がっていく。
プリシラはハッとした。
「あなた……本気でやっていないわね?」
「いいえ。けっこう本気よ。けど……殺す気ではやっていないわね」
「馬鹿にしないで!」
プリシラは怒りを剥き出しにして剣を横薙ぎに振り払った。
だがチェルシーはそれをわずかに後方に下がってかわす。
その瞬間だった。
「フッ!」
チェルシーが先ほどまでより一段と早く動いたのだ。
彼女の突き出す剣の切っ先がプリシラの喉を一直線に狙った。
プリシラは息を飲む。
(やられる!)
だが……切っ先はプリシラの喉の手前で止まっていた。
チェルシーが意図的に止めたのだ。
プリシラは思わず頭に血が上って、怒りに声を荒げる。
「馬鹿にするなって……」
だが、そう言いかけたところで、プリシラはチェルシーの目を見て思わず声を失う。
彼女の目に浮かぶ暗く鋭い眼光がプリシラの胸を刺した。
それが人の命を奪う者の目なのだとプリシラはあらためて肌で思い知る。
そして胸の奥にほんのわずかな恐怖心が芽生えるのを感じたプリシラは、それを振り払うように自らの剣でチェルシーの剣を打ち払った。
「ナメるなぁ!」
だがチェルシーは打ち払われた剣を勢いに逆らわずに流し、そのまますばやく体を一回転させてプリシラの足元を剣で払おうとする。
「くっ!」
プリシラは必死に跳躍してこれを避けた。
しかしチェルシーはその動きを見越していた。
右手で剣を振るうと同時に左手で鞘を腰帯から抜き、それでプリシラの腹部を突き上げたのだ。
「うぐっ!」
空中で成す術なくこれを浴びたプリシラは3メートルほど後方に飛ばされて悶絶する。
腹部を貫くかのような激痛に息を詰まらせ束の間、動けなくなってしまった。
そんなプリシラを見てチェルシーは拍子抜けしたように冷たい表情を見せる。
「訓練はしっかりしているようだけど、実戦経験が足りていないようね。あなたはまだ戦い方を覚えたばかりの子供だわ。もう少し抵抗してみせてほしいわね」
そのチェルシーの言葉に、プリシラは痛みを堪えて歯を食いしばりながら必死に立ち上がる。
その顔には絶対に負けたくないという強い意思が貼り付いていた。
「こ……こんなことで負けないわよ。アタシは……ブリジットの娘なんだから」
「そう。誇りだけは一人前ね。その鼻っ柱、へし折り甲斐があるわ」
そう言うとチェルシーは右手に剣、左手に鞘という不釣り合いな二刀流でプリシラに襲い掛かっていった。




