↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛮族女王の娘《プリンセス》 第1部【公国編】  作者: 枕崎 純之助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/101

第7話 『黒い女』

 エミルは真っ暗な海の底へと潜っていく。

 水の中だというのに呼吸も出来るし、体も濡《ぬ》れない。

 それが幼い頃から幾度《いくど》も見てきた夢だとエミルはすぐに気が付いた。

 そしていつものようにその海の底に……彼女はいた。


【いらっしゃい……また……会えたわね】


 長い黒髮のその女はエミルに手招きをして笑う。

 それはどこか歪《いびつ》な笑顔であり、エミルはそれが恐ろしく感じられた。

 彼はその女を幼い頃から知っている。

 エミルが物心ついた頃からずっと彼女はエミルの夢の中に現れるのだ。


 エミルは彼女が怖かった。

 その雰囲気《ふんいき》や自分を見つめる目に、本能的な恐怖を感じるのだ。

 だが、この日はいつもと少しばかり違った。


【お母様やお父様と離れ離れは……寂《さび》しいわよね】


 そう言った女の顔からは禍々(まがまが)しさが消え、寂寥感《せきりょうかん》が滲《にじ》む。

 親の帰りを待つ幼子《おさなご》のような顔だ。

 いつもは女から話しかけられても黙《だま》って俯《うつむ》いているだけのエミルだが、この日は初めて自分の方から彼女に話しかけたのだ。

 それは本当に自然に出た言葉だった。


「……あなたは寂《さび》しいの?」

【ええ……寂《さび》しいわ。父も……母も……愛する人もいなくなってしまった……】


 そう言った黒髪の女がどこか憐《あわ》れに思えてエミルは口をつぐむ。

 そんなエミルに女は言った。


【心配してくれるの? 優しい子……あなたはお父様に……そっくりね】

「……父様を知っているの?」


 驚《おどろ》いてそう尋《たず》ねるエミルに黒髪の女はニコリと微笑《ほほえ》んだ。


【ええ……皆がワタクシを忌《い》み嫌う中……あなたのお父様だけは……ワタクシを憐《あわ》れんでくれた。そして……ワタクシが幸せに生まれ変わることを願ってくれた。そんな人は……他に1人もいなかったわ。ワタクシの愛する人でさえも……】


 女は微笑《ほほえ》みながらそう言うが、エミルはその微笑《ほほえ》みの中に深く黒い憎しみが宿っているのを感じ取っていた。

 それがエミルを困惑させる。


「父様のこと……好きなの? 嫌いなの?」


 その問いに黒髮の女は笑みをより深くする。

 そのせいで彼女の禍々(まがまが)しさが再び甦《よみがえ》ってきた。


【好きよ……ワタクシの心に触れてくれたから。でも嫌い……ワタクシの愛しい人を……奪ったから】


 その答えに困惑するエミルは今まで何度も疑問に思ったことを口にした。


「あなたは……誰なの?」


 思わずそう尋《たず》ねるエミルに女は人差し指を唇《くちびる》に当てて妖艶《ようえん》な笑みを浮かべた。


【ふふふ……ワタクシはあなた。誰にも……内緒よ。じゃないと……あなたもお母様やお父様に嫌われてしまうから。ワタクシみたいに……】


 そう言う女の顔が泡となって消えていくと、エミルは海流によって静かに海面へと引き戻されていくのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 ふとエミルが目を覚ますとそこは馬車の上だった。

 ガラガラと車輪が地面を打つ音と振動を感じながらエミルは身を起こす。


「目が覚めたか。小僧。情けないガキだぜ。姉貴が体を張って守ろうとしているのに、当の本人は気絶しちまうんだからなぁ」


 そう言う声が頭の上から降ってきて、エミルは顔を上げた。

 同じ馬車に用心棒の1人が乗っていてエミルを見下ろしていた。


(そうだ……天幕の中で……)


 姉のプリシラが殴《なぐ》られて気を失うのを見たエミルは、その衝撃と恐怖で自分も気が遠くなるのを感じ、そこからの記憶がない。

 自分も気を失っていたのだと理解した彼の脳裏《のうり》に、倒れた姉の姿が鮮明に甦《よみがえ》り、焦燥感《しょうそうかん》に駆られてエミルは声を上げた。


「ね、姉様は! 姉様はどこなの!」


 必死にそう叫ぶエミルをあざ笑う用心棒はすぐ傍《そば》に腰を下ろした。


「生きているぜ。他の馬車に乗せられている。傷つけたりしねえから安心しな。おまえも姉貴も大事な商品だからなぁ。だが、おまえがおとなしく従わねえなら、姉貴のほうが少しばかり痛い目を見ることになる。そのことを忘れるんじゃねえぞ」


 そう言うと用心棒の男はエミルを睨《にら》みつけて来た。

 屈強《くっきょう》な大人の男に凄《すご》まれて、わずか10歳のエミルは委縮して俯《うつむ》くことしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。