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第78話 『窮地』

 とうとうプリシラたちに追いついた。

 山の尾根を駆け下り、谷間が見えてくる頃に、チェルシーは4人の人影を見つけたのだ。

 視力に優れた彼女の目はハッキリととらえていた。

 金髪の少女、黒髪の少年、赤毛の女、そして……もう1人。

 黒髪の若い男。


 自分と同じダニアの女王の血族であるプリシラやエミルと初めて会いまみえることへの高揚感は唐突に吹き飛んだ。 

 その若い黒髪の男の顔を見た途端とたんに。

 チェルシーはその男の顔にうっすらと見覚えがあった。

 かつて幼い頃に顔見知りだった少年の面影おもかげが、その黒髪の男には残っていたからだ。


「……あなた。ジュードなの?」


 ジュード。

 それはかつて王国軍の黒帯隊ダーク・ベルトに所属していた黒髪術者ダークネスだ。

 幼いチェルシーにとっては遊び相手でもあった。

 彼はある日突然……チェルシーの前から姿を消したのだ。

 それ以来、会うことはなかった。


「チェルシー……久しぶりだな」


 バツが悪そうな顔でそう言うその声も、チェルシーの記憶に残る少年の声とは違って随分ずいぶんと大人びている。

 それでもそのしゃべり方にはなつかしい響きが含まれていた。

 チェルシーは一瞬、自分が幼い頃に戻ったような錯覚を覚えて声をらす。


「ジュード……。あなたがどうしてこんなところに……」


 そう言ってチェルシーはハッとした。

 ショーナがここのところ何やら浮かない顔をしていたのを思い出したのだ。

 アリアドで身元不明の黒髪術者ダークネスの追跡を命じてから、彼女の様子が変だった。

 チェルシーは幼い頃から共にいたショーナの性格はよく分かっている。


(ショーナ……ジュードがいることを知っていたのね)


 彼女がそれを自分に隠していた理由は、作戦中に自分を動揺させまいと思ってのことだったのだろう。

 そう考えてみてチェルシーの心に、まったく別の一つの可能性が浮かんだ。

 それは彼女にとって考えたくないことだった。


「ジュード……10年前。あなたは突然、黒帯隊ダーク・ベルトを抜けたわね。ショーナがそれを見逃すなんて彼女らしくないと思っていたけれど……」

「あの頃の俺はもう自分の能力を制御することが出来ていた。ショーナだって俺の脱走には気付かなかったはずさ」


 すかさずそう言うジュードだが、チェルシーは心に浮かんだ疑念が晴れないままなのを感じていた。

 ジュードはああ言うが、間違いないだろう。

 ジュードの脱走をショーナは知っていた。

 だからこそジュードのことを彼女は自分にだまっていたのだろう。


(ショーナは彼の脱走を見逃した? いえ……今、気にすることではないわね)


 そう言うとチェルシーは疑念を振り払うようにジュードから視線を外して金髪の少女に目を向ける。


「はじめまして。ワタシはチェルシー。ジャイルズ王より王国軍を預かる身よ。あなたがダニアの女王ブリジットの娘。プリシラね。そしてとなりにいるのは弟のエミル」


 その言葉にプリシラは厳しい表情でうなづき、エミルは恐怖に顔を引きつらせている。


「あなたたちがなぜこんな場所にいるのかは知らないけれど、その身柄をワタシに預けなさい。抵抗しなければ手荒な真似まねはしないと約束するわ」


 そう言うチェルシーの表情は穏やかだが冷たかった。

 その静かな迫力を感じつつ、プリシラは好戦的な表情で剣を抜き放つ。

 そして臆することなく一歩前に出て言った。

 

「抵抗しないと思っている? 思ってないわよね」


 そんなプリシラの負けん気の強い表情を見て、チェルシーの胸に暗い欲望がき上がる。

 この生意気な少女を叩きのめしてやりたいという暴力的な欲望が。

 チェルシーも剣を抜き放った。

  

「ええ。少しくらい抵抗してくれると面白いと思っているわ」


 その場の空気がヒリヒリと張り詰め、エミルは思わず肩を震わせた。

 だがそこで、それぞれ剣を手に向かい合う金と銀の少女の間にジュードが割って入る。


「待ってくれ。チェルシー。俺の知る君はそんなに王国への愛国心はなかったはずだ。ジャイルズ王のために剣を振るって、同じダニアの女王の血族であるプリシラやエミルを捕らえるのか?」


 必死にチェルシーを説得するべくジュードが言葉をつのらせる。

 だがチェルシーは冷めた表情をジュードに向けた。


「あなたの知るワタシは、わずか6歳の幼子でしょ。その後のワタシを知りもしないくせに、よくもそんなことが言えるわね。勝手に王国を捨てていなくなったあなたに、そんなことを言う資格があるとでも思っているの?」

「チェルシー……」


 彼女の言うことはもっともで、ジュードは何も言い返すことが出来ずにくちびるんだ。

 何よりジュードは知っている。

 彼の記憶に残るチェルシーが、姉であるクローディアが王国を捨てて自身の元から去ったことをひどく悲しんでいたことを。

 

 同じことをした自分をチェルシーがどう思っているか。

 その答えは明白だった。

 その時、ジュードの背中にジャスティーナは声が響く。


「ジュード。エミルを連れて岩橋を渡れ!」

 

 それと同時に彼の頭上を跳び越すように矢が宙を舞ってチェルシーを襲う。

 だがチェルシーはそれをまゆ一つ動かさずに剣で払い落とす。

 それでもジャスティーナは構わずに短弓に次々とつがえた矢を放った。


「話して納得してくれるような相手じゃない! 急げ!」

「くっ!」


 ジュードはエミルの手を取り、谷間の向こう側に渡るべく岩橋へと走り出す。

 そんな彼らを守る様にジャスティーナは前に出てプリシラと並び立った。


「プリシラ。あんたにも逃げろと言いたいところだがね、私1人でどうにかなる相手じゃなさそうだ」

「もちろん一緒に戦うわよ。2人が逃げるまで足止めしないと」

 

 プリシラは闘争心をあらわにして剣を強く握りし直す。

 ジャスティーナによって5射6射と放たれた矢は、すべてチェルシーが剣で叩き折っていた。

 だがその矢がすべて自分の頭や胸、太ももといった急所を正確にねらっているのをチェルシーは気付いていた。


「あなた。名前は?」

「王国の将軍閣下(かっか)に名乗るのは恐れ多いがね……ジャスティーナだ」

「そう。ジャスティーナ。射撃の腕はなかなかのものだわ。姫と王子の護衛をおおせつかっているだけのことはあるわね。でも……それだけではワタシを止められない」


 ジャスティーナは息を飲む。

 チェルシーはまだ若かった。

 だがプリシラとは違い、邪魔者を殺すのに躊躇ちゅうちょしない目をしていた。

 人を何人も斬り殺してきた者の目だ。


(こいつは……2人がかりでも厳しいね。どうにかすきを作って逃げることに……)


 そう思ったその時、後方からジュードの切迫した声が響き渡った。


「ジャスティーナ!」


 ジャスティーナは即座に目でプリシラに前方の注意をするよう伝え、自分は後方を振り返る。

 するとジュードとエミルが岩橋の途中で立ち止まっていた。

 なぜなら……彼らの向かう先、岩橋の向こう岸には白い髪の男と女が待ち構えていたからだ。

 その女のほうは、アリアドで襲い掛かってきたオニユリという白い髪の女だとジャスティーナはすぐに気付いた。


(くっ! はさみ撃ちか…‥‥万事休すだね)


 ジャスティーナは再び振り返りチェルシーをにらみつける。

 チェルシーは冷然とした顔で状況を俯瞰ふかんするように前方を見つめていた。

 すべては彼女の計算の内だったのだ。


「さあ、逃げ道は無くなったわよ。あなたたちに取れる選択肢は2つだけ。抵抗するか。抵抗しないか。選びなさい」


 そう言うとチェルシーは剣を手に足を踏み出す。

 端的かつ冷徹に目的を果たすために。

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