第59話 『村を覆う黒い影』
日が西に傾き、空が茜色に染まり始める頃、プリシラたち4人の前方に農村が見えて来た。
村の規模は農村としては大きい方であり、四方はきっちりと石垣が組まれ、風や外敵から村を守る役目を果たしている。
それなりの人数がそこに住んで管理をしているのだと分かる様子だった。
先導するジュードは後ろを振り返り、並んで歩くプリシラとエミルに笑顔を見せる。
「あれがセグ村だ。俺とジャスティーナが最後にあそこに寄ったのは去年の夏頃だから、8ヶ月ぶりくらいだな」
「けっこう大きな村ね」
「ああ。だが歴史は浅いんだ。まだ村が始まって十数年くらいでね。元々、アリアドで軍に所属していた兵士たちが退役して、十数人が共同であそこに村を作ったんだよ」
十数年という年月があれば、人は大きなものを築けることをプリシラは知っている。
故郷であるダニアの都もプリシラが生まれる数年前にその歴史が始まったばかりだが、今は鉄壁の守りを誇る要塞都市として5万人の民を抱えている。
だがダニアにはもともとそこに住む民の人数が多く、血脈的に女が多いため生まれる子も多い。
すぐに人が増える下地があった。
しかし一から興した村に人を集めるのは苦労が伴う。
「どうやって人を増やしたの?」
不思議そうにそう尋ねるプリシラに、ジュードは少しばかり表情を曇らせた。
「この辺りは少し行くと南北に延びる丘陵地帯になっていて、そこを根城にした山賊が多いんだ」
「山賊……」
「ああ。昔から農村が襲われることが多くてね。アリアド兵の部隊が定期的に巡回しているんだけど、急な襲撃には間に合わないこともあって。だから周囲にあったいくつかの農村から人が集まって来て、吸収合併する格好で急速に人が集まったんだ」
その話にプリシラは合点がいって頷いた。
「そっか。セグ村なら元軍人の人が十数人いるから、安全ってことね」
「ああ。彼らが農村の男衆たちに武術の訓練を施して、自警団を組織したんだ。それでセグ村は山賊に襲われてもそれを跳ね返せるくらいの村になったってわけさ」
話しながら歩いているうちに、いよいよ石垣に囲まれた村の門が近付いてきた。
だが、その様子にジュードは思わず眉を潜める。
村の門は固く閉ざされていたのだ。
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「おーい! 何があったんだ!」
ジュードがセグ村の入口を固める木製の門にそう呼びかけると、門の上から村人の男が顔を見せる。
その顔が見知った顔であることが分かると、ジュードは彼の名を呼んだ。
「久しぶりだな! ジャクソン! 俺だ! ジュードだ! ジャスティーナもいるぞ!」
「ジュード……ジャスティーナも! おい、開けろ」
訪問者が顔見知りだと知ると、ジャクソンと呼ばれた男はすぐに中の仲間に声をかけて門を開かせた。
そして開いた門から出て来た彼らは、まるで救世主を迎えるかのような表情を見せたのだ。
「よ、よく来てくれた! これは神の恵みだ」
「何があったんだ? まだ日も落ちていないうちから門を閉ざして……それにその格好……山賊か?」
「まあ、とりあえず中に入ってくれ。詳しい話は村長と自警団長からさせてもらうから」
革鎧を身につけ、腰に剣を帯びた村人の格好にジュードは訝しげな表情を見せる。
そんなジュードらを招き入れるジャクソンら村人たちは、彼とジャスティーナの他に見知らぬ子供が2人にいるのを見て少し驚いた顔を見せた。
「おや? そちらは……」
「俺たちの仲間だ。彼らを共和国まで連れて行く途中なんだよ」
「そうか……」
ジャクソンは少しばかり困惑の表情を浮かべている。
ジュードはそれが気になり、彼と肩を組むと声を潜めて尋ねた。
「何か気にかかるのか?」
「いや、実は今この村にいる女子供は皆、東の平原の貯蔵庫に避難させているんだ。正直なところ、おまえたちが連れて来た子たちの安全も保証できない」
彼の言葉に、今この村に何か危機的な状況が訪れているのだとジュードは悟った。
それを裏付けるようにジュードは感じ取る。
今この村の中に渦巻く、人々の不安な心を。
ふと背後を見るとエミルもジュードと同じようにそれを感じ取っているようで、不安げに顔を曇らせている。
王国軍の黒髪術者たちのいるアリアドから離れたため、黒髪術者としての力を開放しても構わないと、彼には言ってあった。
それからジャクソンは彼らを村長の館へと案内する。
村長はこの村を開拓した元・アリアド兵だ。
「おお。ジュード。元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです。村長」
「せっかく来てくれたのに、こんな有り様でロクにもてなすことも出来ん。すまないな」
「いえ。何があったんですか?」
ジュードの問いに村長は苦い表情を見せた。
「昨夜、山賊の襲撃を受けた」
「そうだったんですか。しかしあなた方なら山賊などに負けることはないんじゃ……」
「それが最近ここらの山賊集団を次々とまとめ上げているズレイタという大男がいてな。そいつがめっぽう強くて、村の誰も敵わないんだ。自警団の若い衆も数人殺されている」
このセグ村の自警団は元軍人を中心としていて、決して弱くない。
だが、そんな彼らをもってしてもそのズレイタという男を倒すことが出来ないという。
切羽詰まった様子でそう言うと、村長はジャスティーナに目を向ける。
「単刀直入に言わせてもらうと、ジャスティーナにズレイタを倒してもらいたいと思っている。奴さえ倒せば、後の山賊は我々で討ち倒せるからな。もちろん謝礼は弾ませてもらう。どうにか頼めないだろうか。このままでは村を守り切れないんだ」
村長の声には切実な響きが滲む。
その場にいる全員の視線がジャスティーナに集まった。
彼女は思わず肩をすくめる。
「……じゃあまずその男の特徴から聞こうか」
そう言うジャスティーナに、村長は九死に一生を得たような表情で頭を下げるのだった。




