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第55話 『おぞましき白い髪の悪魔』

「将軍閣下(かっか)。オニユリ。ただいま戻りましたわ」


 銀髪のチェルシーの前にそう言ってひざまずくのは白髪のオニユリだった。

 自分より10歳ほど年上のオニユリに対してチェルシーは冷たい目を向ける。


「オニユリ。勝手に持ち場を離れたそうね。何か理由あってのことでしょうね」


 だがチェルシーの冷然とした表情にもオニユリは臆すことなく柔和にゅうわな笑みを向ける。


「申し訳ございません。黒帯隊ダークベルトの隊員がなぞ黒髪術者ダークネスの存在を感知したもので、緊急で捕縛に向かいました。結果、所属不明の黒髪術者ダークネスは2名いることが判明しました」

「そう。その2名は?」


 チェルシーの問いにオニユリは大仰に天を仰いで見せる。


「残念ながら取り逃がしました」

「そう。あなたほどの使い手がめずらしいわね」

「邪魔が入りましたので」

「邪魔?」


 怪訝けげんな表情を見せるチェルシーにオニユリはうなづく。


「ええ。赤毛の女戦士と、凄まじい力を持つ金髪の小娘でした」

「何ですって?」

「相手が激しい抵抗を見せてきたので一戦交えましたが、赤毛の女戦士は30歳ほどの熟練の戦士のようでしたわ。金髪の小娘はまだ成人前のように思えましたが、常人ではありえないほどの運動能力と筋力を見せつけられ、私も危ういところでした」


 オニユリの言葉にチェルシーはつかの間、考え込む。

 そしてすぐに告げた。


「間違いないわね。それはダニアのプリシラでしょう」

「プリシラ? それはダニアの女王ブリジットの娘とかいう……」


 オニユリは思わず目を丸くする。

 自分が戦った相手がそんな人物だったとは、さすがに思いもよらなかった。

 だが、言われてみれば合点がいく。

 チェルシーを彷彿ほうふつとさせるような超人的な動きを金髪の娘は見せていた。


「あれがプリシラ……」

「そうよ。一緒に弟のエミルもいたはず。黒髪の子供よ」


 その言葉にオニユリは胸の高鳴りを覚え、それが顔に出ぬよう努める。


(あのたまらなくかわいい坊やが……ダニアの女王の息子エミル)


 そんなオニユリの内心をつゆとも知らず、チェルシーは話を続ける。


「今、シジマがショーナと共に彼らを追跡しているわ」

「兄が?」

「ええ。オニユリ。あなたはワタシと明日までこの街で待機よ。本隊から派兵される駐留部隊にここを任せたら、ワタシと共に打って出るわよ。一気にプリシラたちを捕らえ、それから王のご命令通り、国境を越えて共和国へ入るわ」

「本筋に戻る前のちょっとした寄り道ですわね。かしこまりました。明日の出立に向けて準備を進めてまいります」


 そう言うとオニユリは深々と頭を下げてその場を後にするのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


(兄様があの坊やを手に入れる前に何とかしないと)


 アリアドの庁舎を離れ、オニユリは自分が仮宿にしている裕福な商家の館に向かいながら、そんなことを考えていた。

 兄のシジマが先にあの姉弟を捕らえてしまえば、エミルは王国に送られて黒髪術者ダークネスの訓練兵舎に入れられるだろう。

 そうなればエミルはジャイルズ王の手の内に置かれてしまい、オニユリが個人的に接触する機会は失われてしまう。


(欲しい。あのかわいい坊やを手元に置きたいい。私のものにしたい)


 そのための知恵をしぼりながら、オニユリは商家の門をくぐった。

 その中庭には……十数体の死体が並べてある。

 兵士のものではない。

 この豊かな商家に住んでいた主とその家族、使用人たちだ。


 この家を気に入って自分のものにすると決めたオニユリが全員、撃ち殺したのだ。

 死体はすべてひたいに穴がいた無残なものだった。


「ただいま。帰ったわよ」


 そう言ってオニユリが玄関のとびらを開けると、家主を失って無人になっているはずの家の中に大勢の声が響いた。


「姉上様! おかえりなさいませ!」


 家の中には十数人の人間がいた。

 その大半はまだ年端としはもいかぬ少年たちだ。

 白い髪の男児が多いが、それ以外にも茶色や金色の髪の男児もいる。

 彼らはオニユリが私的に手元に置いている者たちであり、5~12歳の年齢で構成されていた。

 戦場にそのような者たちを連れて来ることを許されているのは、オニユリがこれまでに上げた戦果をジャイルズ王が評価しているからだ。

 

「私のかわいい坊やたち。いい子にしていたかしら?」


 そう言うオニユリの周りに集まった幼い少年たちは、口々に姉上様、姉上様と声を上げた。


「あらあら。さびしかったの? じゃあ今夜は私といっぱい遊びましょうね」


 そう言うとオニユリは子供らを引き連れて居間へと移動する。

 すると居間にはすでに温かな料理とお茶が用意されていた。

 それらを準備したのは男児たちよりも年嵩としかさの若い男たちだ。

 男たちは深々と頭を下げ、オニユリはそんな彼らに手を振る。


 だがその顔には男児らに向ける熱量の欠片かけらも無い。

 彼らも数年前まではオニユリの周囲を取り巻く少年の1人だった。 

 年をてその役目を外されると、オニユリは途端とたんに彼らに興味を失った。

 今、彼らは幼い子供たちの世話役と、炊事洗濯掃除などの役目をになっている。

 だがこの日、オニユリは柔らかな羽毛入りの豪奢ごうしゃ椅子いすに腰をかけると、若い男の1人に声をかけた。

 

「キツツキ。こちらへいらっしゃい」

「は、はい」


 キツツキと呼ばれたのはオニユリと同じく白い髪の男だ。

 ココノエの一族の者だった。

 キツツキはオニユリの前にひざまずく。

 そんな彼を見下ろしてオニユリは爪先つまさきを差し出すと、冷然と命じた。


「ヒバリの元に向かいなさい。2人で協力し、すきを見て坊やを奪うのよ。何らかの混乱に乗じて。絶対に他の者に姿を見られないように。私の兄様に見られるのもダメよ」


 それは簡単な命令ではなかった。

 だがキツツキにとってオニユリの命令は絶対だ。

 それを果たせなければ死んでびるほどの。

 命じられたからには命をして必ずやり遂げる。


「かしこまりました。必ず成し遂げてまいります」


 そう言うとキツツキは差し出されたオニユリの爪先つまさきに口づけをして、その場を後にした。 

 そんなキツツキに一瞥いちべつもくれず、オニユリは幼い男児たちに笑顔を向けた。


「さあ、坊やたち。一緒にお風呂に入りましょう。すすほこりに汚れた私の体を洗ってちょうだい」


 その言葉に男児たちから歓声が上がり、それを聞いたオニユリはゆっくりと立ち上がる。

 その顔はおぞましき悪魔の笑みにいろどられているのだった。

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