第47話 『月下の脱出』
「逃がしてよかったの?」
そう言うプリシラにジュードは思わず呆れ、ジャスティーナは苦笑する。
教会の聖堂前。
美しい白髪を持つオニユリという王国軍の女に襲撃されたのだ。
オニユリの持つ拳銃は恐ろしい武器だった。
ジュードは今、負傷したジャスティーナの手当てをしている。
「ジュードが機転を利かせなければ今頃はやられていたかもしれないだろ。あんたも私も一撃食らって本来の動きが出来ない状況だった。無理にやり合う必要はない。避けられる戦いは避けるべきさ。とにかく今はここからの脱出あるのみだな」
そう言うジャスティーナのこめかみからは出血はあるが、傷は深くないようですでに血は止まっていた。
すぐにジュードが手早く消毒と応急処置を済ませ、傷口に当てて布をして手拭いを頭に巻いている。
さらにジャスティーナは胸にも一発浴びており、鉄の胸当てが凹んで黒く焦げていた。
今はその胸当てを外し、赤黒いアザのようになっているジャスティーナの患部にジュードは軟膏を塗り、当て布をしてやはり包帯を巻いていた。
ジャスティーナ自身が言うには骨は折れていないようだが、痛みは続いているようだ。
「プリシラ。撃たれた箇所は? おまえも手当てが必要だろ」
そう言うジャスティーナだが、プリシラは折れた短剣を見せた。
「これが防いでくれたわ。衝撃で飛ばされて軽く頭を打った時はフラフラしたけど。体は全然問題ないわ」
刀身の半ばで不自然に折れた短剣を見て、ジャスティーナはさすがに驚きの表情を見せる。
「それで飛んでくる鉛弾を弾いたのか? まさか見えたのか?」
「まさか。何も見えなかった。助かったのは運が良かったのよ」
そうは言うもののプリシラは鉛弾こそ見えなかったが、オニユリが銃を構えた瞬間の銃口がハッキリと見えていた。
その向かう先が自分の左胸を狙っているような気がしたのだ。
そして咄嗟に短剣を左胸の前に構えた。
その一瞬の動作が生死を分けたのだろう。
「……強運の持ち主だね。とはいえ少しでも射線がずれていたら死んでいたかもしれない。出来るだけああいう手合は相手にしないほうがいい。あの武器は……鍛え上げた人間の肉体ですら簡単に破壊しちまう」
珍しく陰鬱な口調でそう言うジャスティーナに、プリシラは怪訝な表情を見せた。
「ジャスティーナはあの拳銃とかいう武器を以前に見たことがあると言っていたけど……」
「ああ……まあな。ただ今は話をしている場合じゃない。早くこの街から出よう。ここにもいつ火の手や敵の手が回ってくるか分からないからな」
そう言うとジャスティーナは皆を先導し、聖堂の屋根へと上る階段へと向かうのだった。
☆☆☆☆☆☆
アリアドの街の市壁の外には月明かりに照らされた平原が広がっている。
東に向かう街道が数百メートル先に見えていた。
教会の聖堂の屋根から市壁に縄を垂らし、それを伝って街の外に出ることに成功したプリシラとエミル、ジャスティーナとジュードの4人は草むらに座り込んでひとまず息をついた。
「皆かなり疲れているな。外には王国軍もいないようだし、少し離れたところで休息を取ろう」
そう言うとジュードは全員に水袋を手渡した。
ここに来るまでに走り続けてきたせいで、皆の顔には疲労が色濃く滲んでいる。
頑健なプリシラやジャスティーナは激しい戦いを幾度か経ても、まだその目には鋭い光を宿しているが、エミルなどはもう疲れと眠気でフラフラしていた。
「ほら。もう少しだからがんばりなさい。エミル」
そう言うとプリシラは立ち上がり、エミルの手を取って歩き出した。
アリアドからビバルデまでの道のりには国境を挟んでいくつかの小さな村が点在している。
夜のうちに最初の村に到着するのは無理なので、今夜はどこか安全な場所で寝泊まりをするようだろう。
「少し歩いた先に小川と水車小屋がある。そこで寝泊まりしよう。寝台こそないが寝藁もあるし水が豊富だから湯を沸かして体を洗うことも出来る。2人の新しい服も購入したから着替えるといい」
そう言ってジャスティーナと共に歩き出すジュードにプリシラは感心したように言った。
「あなたたちって本当に旅慣れているのね。すごいわ」
「まあ、ジャスティーナと旅するようになって3年ちょっと、その前は1人で7年近く旅をしていたからね。それにこの辺りはもう何度も行き来してるから、どこに何があるかもある程度は分かっているし」
そう言うとジュードは腰袋からさらに小さな小袋を取り出した。
そして小さな乾燥果物をプリシラとエミルに1つずつ手渡した。
「これは?」
「乾燥させた杏だ。疲れに効くぞ」
そう言うとジュードは柔和な笑みを浮かべて背負っている袋に手を当てて見せる。
「食糧も買い込んで来たから、小屋に着いたら食事にしよう。温かいものを腹に入れないとな」
そう言うジュードの笑顔にプリシラとエミルは緊張に張り詰めていた心身が緩むの感じ、もらった杏を口に含む。
酸味を伴う甘みがゆっくりと口の中に広がり、2人は思わずホッと安堵の吐息を漏らすのだった。
☆☆☆☆☆☆
アリアドの市壁から縄を垂らしていくつかの人影が街の外へと降りていく様子を、背の高い草むらの身を隠しながらシジマは目を凝らして見つめていた。
月明かりに照らされているため、こうして距離のある場所からでもその様子はハッキリと見える。
そのため人影の中に2人の黒髪の人物がいることもすぐに分かった。
そのうちの1人は子供のようであり、金髪の人物の背に背負われながら地上へと降下していく。
「金髪の女と黒髪の子供。あれがプリシラとエミルだな。弟を背負って平然と降りていった。その身体能力の強さは噂通りだな」
そう言うシジマの隣で黒髪のショーナは呆然と前方を見つめていた。
ただならぬその様子にシジマは怪訝な表情を浮かべる。
「……知り合いか?」
「……ええ。確信はないけれど、おそらくかつて……黒帯隊に所属した……顔馴染みよ」
そう言うショーナの顔は痛みを堪えるような苦い表情に沈んでいた。