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第25話 『エミルの憂鬱』

 ジャスティーナとプリシラが色々と会話を交わしているのが聞こえてきたが、エミルは不安と緊張で疲れ切っており、会話の内容はほとんど頭に入って来なかった。


(早く帰りたい。帰って母様と一緒に御飯が食べたい。父様と一緒にお風呂に入りたい)


 エミルにとって両親と共にいるということは当たり前の幸せであり、こんなにも遅い時刻に両親と離れて遠く見知らぬ土地にいるということが辛くて仕方なかった。

 そんな自分を見て姉が苛立いらだっていることも分かっている。

 だが自分は姉とは違う。

 相容あいいれない性格であることは幼い頃から分かっていた。


 姉のように強く気丈に振る舞うことは自分には出来ない。

 正直、姉のことは苦手だった。

 自分の弱さを認めてくれず、強くなることをいてくる姉と一緒にいると、息苦しく感じられる時があるのだ。

 エミルはチラリと姉の様子を見る。


 こんなにも不安な状況に身を置いているというのに、姉のプリシラは少しも臆した様子がない。

 それどころか親元を離れて初めて自分で行動していることに気分を高揚させているようで、生き生きとした心持ちがエミルにも伝わって来る。

 姉のそんな様子にエミルは内心でため息をついた。

 

(姉様は僕とは全然違うんだ。同じ母様から生まれたのに、どうしてこんなに違うんだろう)


 エミルはうつむき、地面に生えている草をだまって見つめた。

 生えている草だけは故郷のダニアと変わらない。

 今の状況が全部夢で、顔を上げたらダニアの自宅で目が覚めればいいのに。

 その草を見ながらそんなことを考え、必死に自分の心をなぐめようとしていたその時、エミルの心に誰かが触れた。


『エミル……エミル……そちらに大勢の男たちが向かっている。今すぐその場からもっと遠くへ逃げるんだ。今すぐに』


 耳ではなく心に響くその声にエミルはハッとして顔を上げた。

 それまでふさぎ込むようにうつむいていたエミルが急に身じろぎをしたため、プリシラとジャスティーナは彼に目を向ける。


「エミル。どうしたの?」


 プリシラはエミルが張り詰めた表情をしているのを見て顔色を変えた。

 そのとなりでジャスティーナが落ち着いた口調でたずねる。


「ジュードかい?」


 エミルはうなづくと震える声で言った。


「大勢の人がこっちに向かっているから、今すぐに遠くへ逃げろって……」


 その言葉にジャスティーナはすぐさま立ち上がる。

 そして腰帯を外してプリシラに長剣を手渡した。


「短剣一本では心(もと)ないだろう。こいつを使いな。ただし、敵を倒すことよりも無事に逃げることを優先するんだ」 


 そう言うジャスティーナにプリシラは反発する。


「見くびらないで。これがあれば10人や20人を相手にしたって何てことないわ」


 そう言うとプリシラは預かった腰帯を自分の腰に巻きつけ、さやの具合を手で確かめる。

 そんなプリシラにジャスティーナは鋭い目を向けた。


「やめておきな。あんたはともかく、弟は戦えないだろう? ならあんたは弟を守ることに集中するんだ。敵を10人斬り捨てても、弟が殺されちゃ意味ないだろう?」


 その言葉にエミルはビクッと肩を震わせる。

 プリシラはムッとしていたが、弟の青ざめた顔をみて嘆息たんそくした。


「はぁ……分かったわよ。エミル。アタシのそばを離れないこと。いいわね?」


 姉の言葉にエミルはだまってうなづいた。

 ジャスティーナは背中に短弓を背負い、プリシラに渡した長剣の代わりに矢筒を新しい腰帯に巻き付けてそれを自分の腰に巻いた。

 そして短槍を握り締める。


「ジュードがいち早く教えてくれて良かった。今すぐ逃げれば追いつかれることは……」


 そう言うジャスティーナの言葉をさえぎって、プリシラが低く抑えた声を発した。


「静かに!」


 彼女の耳は聞き取っていた。

 複数の馬のひづめが大地をる音を。

 女王ブリジットの娘であるプリシラは、女王の血筋に備わる超人的な身体能力を受け継いでいる。

 それは筋力のみならず、視力や聴力にも及んでいた。

 ジャスティーナやエミルが聞き取れない遠くの音をプリシラは聞き取っていた。


「馬……数頭の馬が近付いて来るわ」

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