妹の替わりに幽閉され断罪…のはずが寵愛を受け困惑しております
「処罰は追って下す、それまでは地下牢で幽閉とする」
そう言われた彼女の両隣には、国の双璧である王家騎士団スレッド団長とガレリア団長。周りには騎士団員を始めとする野次馬…。
―おかしいわね…招待状には舞踏会…と書かれていたはず…
華やかに着飾り、首元には王太子より贈られたネックレスを着け参加した舞踏会…。
王太子のエスコートを受けるまでは良かったものの、ダンスホールへ着くなり、彼女を取り巻くように騎士団が駆けて来た。逃げられないように取り囲まれ、その場で立ち尽くす彼女に向け、ガレリアが声を発した。
「この罪人が!!」
「何のことですか」
「はっ、しらばっくれやがって。こっちは全部お見通しなんだよ」
「だから、何のことですか」
「うるさい!!罪人は黙ってろ!!」
周囲ではひそひそと話す声。何もわからず、彼女は戸惑っていた。
戸惑う彼女の視線の先には…罪人を睨みつける愛しい人の姿。
その隣に目を向けると、口元をハンカチで隠しながらも嘲笑うように立ち、罪人を見下す王太子妃候補の姿…。
―どうしてこんなことになってしまったの…
―――遡ること半年前。
いつものように私室で読書をしていると、慌てたように扉をたたく音が聞こえて来た。
ドンドンドンッ
「お姉さま!!こちらにおられますか!!お姉さま!!」
「サリアーナ……そんなに慌ててどうしたの」
「あぁ、お姉さま…」
扉を開けるなり、倒れ込むように彼女にしがみついてきた妹のサリアーナ。
「…わたくしのお願いを聞いていただけますか」
「えぇ…でも内容によってはお断りをしますよ」
「大丈夫ですわ」
大丈夫、この言葉が一番安心できないことは重々わかっていた。
「お姉さま、わたくしと一緒に舞踏会へ参りましょう」
「舞踏会ですって…」
「ええ。王太子殿下直々に招待を受けましたの。お姉さまも是非と書かれていますわ」
「…あら…そう」
多少の疑問は残るも、舞踏会なら参加しても良いだろうと思う主人公であった。
妹…、といっても産まれた日は同じ。時間差で妹が産まれただけのこと…。
◆◇◆◇
―――17年前。
フィンリーガ公爵家に待望の子どもが誕生。それも双子の女の子。
長女としてこの世に誕生したのが、この物語の主人公エリアーナ。ほんの数分後に産まれたのが妹のサリアーナ。
顔は瓜二つ、生まれながらにして美貌を持ち合わせていたのは母親譲りであり、将来有望とも言われていた。
成長するにつれ、同じ双子でも性格の違いが著明に表れてきた…。
エリアーナは、何事においても慎重に考え後先のことを見据えて行動するが、その反面、サリアーナは楽観的で後先のことを考えずに行動していた。
公爵令嬢という立場上、両親も双子には厳しく、幼い頃より妃教育を受ける日々…。
両親に認めてもらいたい、その一心でエリアーナは真面目に日々を過ごしていた。
その成果が認められる時が来た…はずだった。
17歳を迎えたある日のこと。
フィンリーガ家に、赤いバラの花束とともにある人物からのメッセージカードが届いた。
“王太子妃として君に会えるのを楽しみにしている”
カードに書かれたメッセージ、送り主は―――クワイズ王太子。
国王主催の舞踏会にも、公爵家を招待しての茶会にも一切姿を見せることがない王太子殿下。
公の場に姿を見せたことはない…と巷では有名な話であった。
このメッセージに喜んだのは、言うまでもなくサリアーナだった。
「今まで表舞台にお顔すらお見せになられない、あのクワイズ殿下から花束とカードをいただけるなんて…はぁ…どうしましょう」
よく考えれば疑問に思うことがあるはずだが、あえて聞かずにエリアーナはその場を後にした。
部屋へ戻ろうとしていると、花束を私室へ運ぶようにメイドに言いつけているサリアーナの姿があった。
「この花束をわたくしの部屋に飾ってちょうだい。ポプリにもして欲しいわね」
「サリアーナお嬢様、こちらの花束の送り先は…」
「わたくしですわよ。あなた、何を言っていますの」
「は、はいっ。失礼いたしました。すぐに準備いたします」
そう言ってメイドが離れるのを見届けたサリアーナ。
「…お姉さまに送られるわけないですわ」
サリアーナの言葉を聞き取れなかったが、大したことではないと思い、エリアーナはそのまま私室へと戻った。
しばらくすると、メイド数人がエリアーナの元を訪れた。
コンコンコン。
「エリアーナお嬢様…少しお時間よろしいでしょうか」
「ええ、構わないわ」
「失礼いたします」
部屋に入ってきたメイドの手に、小さくまとめられたバラの花束と大きな箱があった。
部屋へと入る前、メイドたちは辺りを満遍なく確認していた。
「エリアーナお嬢様、こちらをお受け取りください」
「あら…この花束は…サリアーナに贈られたものではなくって?」
「……そのことなのですが…」
メイドたちは互いの顔を見ては、どう答えて良いのか迷っている様子だった。
意を決したようにメイドの1人が話し出した。
「このバラなのですが…エリアーナお嬢様宛てに贈られたものなんです」
メイドたちの反応を見ていたエリアーナは、彼女たちに優しく答えた。
「サリアーナに見つからないようにわざわざ持ってきてくれたのね、…ありがとう。このバラ…ロイヤルガーデンに咲いているものかしら…すっごくいい香り」
メイドたちは安堵したように表情が柔らかくなった。
彼女たちが常日頃、サリアーナの我儘に振り回されていることを知っていたエリアーナは、なるべく優しく接するように心がけていた。
エリアーナはバラの花束を花瓶に活けた後、メイドが抱えていた箱について尋ねた。
「フリア、そちらの箱は何かしら…」
その問いかけに、はっとしたフリアは箱を持ち上げ、エリアーナの近くのテーブルへと運んだ。
「こちら、クワイズ王太子殿下からエリアーナお嬢様宛に贈られましたドレスになります」
「殿下から…ドレス?!」
「きっと、今度の舞踏会用のドレスですよ」
「…と言うことは…サリアーナにも同じものが…」
「いいえっ!!サリアーナお嬢様には贈られておりません」
「私たちが宛名を確認してすぐに運んだので、サリアーナお嬢様の目には入っておりません」
「…そう…なのね」
「どんなドレスなんでしょうか…」
そう言いながらフリアは箱に付いていたリボンを外し、箱を開けた。
箱の中に収められていたのは、鮮やかな群青色をしたドレス。
広げると、ふわふわのフリルにいくつもの蝶が散りばめられていた。
「なんて素敵なドレスなんでしょう。お嬢様にぴったりです」
「そ…そう…かしら」
「お嬢様の白く透き通ったお肌、キレイなクリーム色の髪にぴったりのドレスです」
「ふふふ、お褒めに預かり光栄です」
今まで着た事がない色のドレスを見て、エリアーナは舞踏会の日が楽しみだった。
◆◇◆◇
―――迎えた舞踏会当日。
「エリアーナ・フィンリーガ、クワイズ王太子暗殺の首謀者として幽閉する」
言い放たれた内容に覚えがないエリアーナは言葉で抵抗するも、ガレリアの高圧的な態度に圧倒され、何もできずにその場に座り込んだ。
―王太子殿下を暗殺の首謀者…?一体誰がわたくしに罪を擦り付けたの…
「罪人め!!立て!!」
ガレリアに言われるがままエリアーナは立ち上がった。辺りを見渡すと、冷ややかな視線をあちこちから感じていた。
地下牢へと連れられたエリアーナ。
彼女の心境は穏やかではなかった。何が起こり、この先どのような処罰が下されるのか‥、家族に対して…、これまで一緒に過ごして来たメイドに対して…、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
逃げ道もなければ、窓すらない、薄暗い地下牢…。
一度足を踏み入れれば二度と出られない…ここから出るときは、これまでの人生を終えるときだと思ったエリアーナの目には涙が…。
すると、その涙を指で拭うある人物の姿が…。
「涙を流す君も悪くない」
顔を上げると、目の前には予想だにしなかったクワイズ王太子の姿があった。
「…殿下…?」
「エリアーナ。君をこんな目に遭わせるつもりはなかったんだ。本当にすまなかった」
そう言い、クワイズは優しくエリアーナを抱きしめた。
これまで我慢していたエリアーナは、感情を抑えきれず大粒の涙を流した。
「殿下ぁ…殿下ぁ…」
「あぁ。怖い思いをさせてしまった。…だが、これでもう大丈夫だ」
クワイズに抱きしめられ、ようやく落ち着いたエリアーナ。
彼の胸に手を押し当て、顔が見えるような体勢になった後、事の発端を尋ねた。
◆◇◆◇
クワイズとエリアーナにはもともと面識があった。
出会いは…約10年ほど前の国立図書館。
読書が好きなエリアーナは、国立図書館の司書をしている父とともによく訪れていた。その時によく顔を合わせていたのがクワイズだった。
この頃、王子として社会勉強をするよう言われていたクワイズは、幼馴染みで次期白騎士団長へと成長するスレッドとともに図書館に出入りしていた。始めのうちは読書に対しても、王太子となること自体にも乗り気ではなかったクワイズ…。だが、ある少女との出会いをきっかけに、気持ちの変化が訪れ、いつしか彼自身を変えたのだった。
「クワイズ王子、最近毎日のように図書館に足を運びますね」
「…別に…色々な本を読んで勉強するためだし…」
「とかいいつつ、お目当ては別にあるのでは…」
「スレッド!!いくらなんでも王子の僕に失礼だぞ」
「幼馴染みだから許される!!あっ、クワイズ王子…あそこにエリアーナ嬢が!!」
そう言われ、振り向いた先には誰もいなかった。
「揶揄ったなぁ!!」
「もう認めたらいいじゃないですか」
「何を?」
「彼女をいつかお嫁さんにしたいくらい好きだって」
「…そんなこと、とっくにわかってるさ。今のままじゃダメだってこともわかってる!!」
「おおぉ、男らしい~」
始めは挨拶、そしてちょっとした会話、日を追うごとに会話の数も増え、いつしか2人でいる時間が長くなった。とは言え、立場を考えるとそう長くは共にいられない…。立太子の日が近くなるにつれ、彼は国立図書館に足を運ばなくなった。
だが、クワイズとエリアーナは手紙を通してお互いの近況を報告していた。
その手紙の中で、クワイズが王太子と認められた際には、エリアーナを王太子妃として迎える、と記されていたのだ。
◆◇◆◇
そんな2人の関係を知り得ないサリアーナは、脳裏である計画を企て、実行に移していた。
その計画こそ…
『エリアーナによるクワイズ王太子殿下の暗殺計画』だった。
だが、この計画において大事なことがあった。それは…協力者が必要不可欠であること。それも、王太子に近い存在の者でなければならなかった。その点において、サリアーナは難なくクリアしていた。
暗殺計画における協力者――
その人物とは度々顔を合わせていた。
公爵家を交えてのお茶会で初めて会ったときから、エリアーナの計画は始まっていたのだ。
―――そして運命の日。
クワイズ王太子殿下による罪人処罰結構の日を迎えた。
多くの国民が事の顛末を見届けようと集まっていた。
クワイズの隣には王太子妃候補となったサリアーナの姿。
彼の真横に立ち、罪人となった姉エリアーナの処罰を近くで見届けるよう言付けを受け、この場に居合わせていた。
「皆の者、静粛に!!」
白騎士副団長の言葉にその場にいた全員が静かになった。
「これより、此度の王太子殿下暗殺計画を企てた罪人の断罪に処する!!」
待てど…罪人であるエリアーナの姿は見えず…
「クワイズ殿下…罪人は…?」
そう尋ねたサリアーナを横目で睨み、何も答えずに前方を見た。その行動に背筋が凍るような感じがしたが、何事もなかったかのように振舞うサリアーナ。
しばらくすると、待ちに待った人物が現れた…。
が、その姿を見たサリアーナの表情はみるみる強張っていった。
「お‥お姉…さま…」
姿を現したのは、純白のドレスに身を包んだエリアーナの姿。
困惑状態のサリアーナを余所に、クワイズはエリアーナの近くへと歩み寄り、彼女の腰を抱き寄せた。
「サリアーナ、紹介するね。彼女は私の妻で新しい王太子妃だよ」
「ど…どういう…ことですの…どうして…お姉さまが…」
「あら、お聞きでないの?殿下とわたくし、つい先日結婚いたしましたの」
「おかしいですわ!!そんなこと…あり得ません!!…ガレリア!!ガレリアはどこにいるの!!?」
「彼なら…今しがたスレッドによって投獄されているはずだ」
「……何が起きてますの…」
状況が今一つ掴めずにいたサリアーナ。
彼女の姿を見ていたエリアーナが今回の経緯を淡々と説明し始めた。
「サリアーナ。あなたは大きな過ちを犯しました。…殿下を暗殺する首謀者としてわたくしを陥れ、殿下との婚姻関係を結ぼうとしていたこと。そして、婚姻関係を結んだあとで本来の計画、暗殺を決行する予定でしたのよね…。ですが残念なことに、この計画は全て把握済みでした。殿下がお気づきでないとでも思いましたか」
「エリナの言う通り、この計画は全て把握済みだ。そして、首謀者はサリアーナであり、協力者が黒騎士団長のガレリアだな。暗殺者には、ガレリアがそこらへんで雇う手筈だったんだろうが…」
一連の話を聞いていた周囲の人たちはざわめき始めた。
真の首謀者の存在や、協力者が騎士団長であることに驚きを隠せない民たちであったが、そのことは気にせずに話を続けた。
「どうしてこんなことを企てたの?」
「どうして…ですって…」
「そうよ…あなたは一体何がしたかったの?」
「…お姉さまにはわかりませんわ!!…わたくしの気持ちなんて!!」
「君だってわかってないだろ!!!」
そう言い放ったのはクワイズだった。
「エリナはこれまでどんなに辛いことでも乗り切ってきた、公爵家の名に恥じないように努力してきた、なのに、君は…君がしてきたことは何だ!!エリナのことを悪く言うのは、この私が許さない!!」
「…殿下」
「国民の前で誓おう!!私が生涯愛するのは、ここにいるエリアーナただ1人だ!!」
クワイズの言葉に国民は歓喜した。
その一方で、首謀者エリアーナに対する処罰の行方を気にする民たちもいた。
「サリアーナ・フィンリーガ、君をガレリア共々国外追放とする」
こうして暗殺計画は未遂に終わり、エリアーナの罪も問われることなく幕を閉じた。
実の妹が起こした罪に対する処罰が下ったものの、国王の配慮により、フィンリーガ家に対してはお咎めなしとなった。
国外追放とは言え…ガレリアとともに様々な国を巡るうちに意気投合し、今では夫婦になってるとか…
―――王室内では、今日も和やかに日常を送る夫婦の姿が…。
「エリナ、今日のドレスもよく似合っている」
「殿下こそ、いつもよりも増して素敵ですわよ」
「ただ…このドレスも少しきつくなってきました…」
「それは仕方ないよ、ここに私たちの大切な宝物がいるのだから…」
クワイズはそう言いながら、エリアーナのお腹を優しく撫でた。
もうじき新しい命が誕生する、歓喜に満ち溢れる王室内は、今日も穏やかな時間が流れていた。
『完』
『妹の替わりに幽閉され断罪…のはずが寵愛を受け困惑しております』を最後まで読んでいただきありがとうございます。
今作で異世界恋愛2本目です。
まだまだ未熟ですが、様々な作品をお届けしていきたいと思います。
感想、評価等いただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。