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(旧)流星の料理人  作者: 紅樹 樹《アカギ イツキ》
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【七皿目】少女の霊

それから一週間くらい、明日馬あすまは毎日かかさず満月みづきノートを読み耽った。

 家にいる時は勿論、授業中も一字一句見落とすことなくだ。

 たまには徹夜で、机の上で朝を迎えることもあった。

 特別情に厚い訳でもないのだが、ただ律儀なのである。

 そんなこんなで一週間目の朝、今朝もまた明日馬あすまは机の上で目を冷ますと、昨夜から閉め切っていた窓を開けると、小粒の雨が降っていて、なんとなく気分が重くなる。

 

 

 明日馬あすまは大きな欠伸をして、背伸びをすると、読了したおよそ五冊程にも登る、ノートに視線を落とした。

 同じメニューを調味料や調理法を一つ変えた物をいくつも目を通すのは、思った以上に根気のいる作業だった。

 だがその甲斐あってか、ある一つの答えを導くことに成功した。

 それを報告するべく明日馬あすまは、流星軒りゅうせいけんに向かう準備をした。


 

 明日馬あすまは基本的に朝食を食べない主義なので、準備に差程時間はかからない。

 (そんなこと言ったらまたあの小煩い先輩に、文句言われるんだろうな)などと、考えながらスニーカーに履き替えて家を出た。

 駅のホームは土曜日で雨とこともあってか、人はまばらだ。

 流星軒りゅうせいけんは自分の家から電車で、一駅の場所にある。

 およそ十分くらい揺られていると、到着のアナウンスが流れる。

 明日馬あすまは、軽快な足取りで電車を降りた。



◇◆◇



 流星りゅうせいに教えられた通りの道を歩いていると、見覚えのある店構えが見えて来た。

 改めて見ると物凄く浮いてる。

(なんでこんなとこに経ってるんだ…)

 至極当然の疑問が浮かぶ。

 扉を開けて暖簾をくぐると、既に先客がいた。

 ピリッ、と緊張感が走る。

 なんと、カウンターには化け物が座っているではないか。



 咄嗟に身構えて、刀を出そうと納められているブレスレットに手をかけた。

 だが、全てを察したのか、流星りゅうせいがこちらに視線をよこす。

 何もするな、と言われているのが分かる。

 なるほど、これが無言の圧力と言うやつか。

 明日馬あすまは、ブレスレットからそっと手を放すと、ただ傍観することに徹した。



 テーブルを見ると、そこには色んなメニューが並べられていた。

 ちらし寿司にからあげ、えびフライ、フライドポテト、ショートケーキと、どれもハイカロリーな物ばかりが並んでいる。

 これからパーティーでもするかのような、ラインナップだ。



「好きな食べ物は一品だけって訳じゃねぇのか?」

「基本的にはそうだけど、ああやって複数ある時もあるわ」

 流星りゅうせいに話かけたつもりだったが、答えたのは満月みづきだった。

 ビクッと肩が小さく跳ねる。

 突然話しかけられる感覚が、慣れない。

 満月みづきはクツクツと喉を鳴らしていて、楽しんでいるようにも見える。

(わざとやってんのか?)



 明日馬あすまがテーブルに視線を戻すと、あれだけあった料理が、残すところあと一皿になっている。

「大食いだったんだな…」

 思わず口元が引きつったが、満月みづきがそれを否定した。

「そうじゃないのよ」

「え?」



 化け物は最後の一皿も、あっという間にたいらげた。

 その様子に明日馬あすまが、やっぱり大食いなんじゃねぇか、と思った時、目映い光が部屋を包み込む。


 すると、化け物だった姿から、少女の姿へと変わった。

 少女は満面な笑みを、流星りゅうせいに向ける。

「凄く美味しかったよ!

これね、私が全部誕生日の日にパパとママが作ってくれた料理なんだ」

「凄ぇな、お前のパパとママ」

「うん!私のパパとママは世界一凄いんだよ!」

 と、誇らしげに言ってみせる。



「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「次に生まれ変わったら、またパパとママが作ったご飯食べられるかな?」

 汚れのない目で、流星りゅうせいを見つめる。

「ああ。食べられるさ、きっと」 

 少女の頬に一筋の涙が零れた。

「そっかぁ!ありがとうお兄ちゃん!もう行くね」

 すう、っと少女は天へ昇って行った。

 


 明日馬あすまは呆気に取られた顔をしていた。

「凄ぇ…。

あんな子供があれだけの料理を一人で食ったのか…」

「そうじゃなくて」

 流星りゅうせい満月みづきの声が綺麗に重なった。

「今の子はな、一番好きな食べ物が、【誕生日の時に家族で食べた料理】だったんだ」

「なるほど、だから必ずしも一品だけって訳じゃねぇんだな」

「まぁレアケースっちゃレアケースだけどな」



 なるほどなぁ、と考えていると、エプロンを手渡された。

「なんだ、これ?」

「エプロンだ」

 嫌な予感がした。

「まさか…」

「あとは任せた!」

 爽やかな笑顔で言われた。

(来るんじゃなかった…)

 明日馬あすまは盛大に後悔した。

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