【一皿目】序章
花火ももうそろそろ失くなって来た時、朝霧はふと何か思い立って日向に尋ねた。
「そういえばお前、分かったんだな」
唐突に聞かれて、日向は怪訝な顔をする。
「何がですか?」
「刀の扱い方」
日向は、そのことかと、ブレスレットに視線を落とした。
「いや、正直、まだ良く分からないんです。なんで、ああなったのか。ただ、守りたいって思ったら、いつの間にか覚醒してたから…」
「それだろ」
「え?」
隣で話を聞いていた常陸が、割って入って来た。
「霊媒師っつーのは、そもそも料理人を守る為の存在なんだ。それも分かりもしないで戦ってたって、刀本来の力を発揮できる訳ねぇんだよ」
「そう…、なのか?」
全然腑に落ちない様子の日向に苛立ち、常陸は怒気を強める。
「現に、だ!お前、最初俺と戦った時と、御影池と戦った時、何を思ったんだよ!?」
日向は、暫し思考を巡らせる。
「守り…たい…」
「だろうが!だから、刀が反応したんだ!ったく、なんで俺がここまで教えてやらなきゃいけねぇんだよ!オラァ!」
苛立ちを抑えられず、常陸は日向を羽交い締めにする。
「苦しい、苦しいって!」
「強くなったのに、湿気た面してやがるからだ!もっと喜べ!」
「おー、すっかり仲良くなったな、お前ら!」
「どこがだよ!」
本気なのか冗談なのか分からない朝霧に、常陸が反発する。
「結局、俺は強くなった訳じゃねぇんだな…」
ポツリと呟いた流星の声に、常陸は眉をしかめる。
「あ?なんか言ったか?」
流星は、それには答えず、おもむろに立ち上がる。
「どこ行くんだ?」
「トイレ」
日向に聞かれて、流星は適当に答える。
しかし、流星はトイレがある場所とは違う、道場のある方向へと向かった。
流星が道場の扉を開けると、そこには、天道、空閑、海原の三人がいた。
「おお、なんや流星やん。どないしたん?」
軽快な関西弁に、流星は歯を見せて笑う。
「ちょっと、一人になりてぇなぁ…なんて…」
「どうした?話だったら聞くよ?」
天道に言われて、流星はしかめっ面をする。
「一番聞かれたくねぇ相手だわ」
「そうかい」
天道は、笑い声を上げると、真剣な表情で流星を見つめる。
「龍海に会って、自分の不甲斐なさに気付いたかな?」
流星は図星なのか、行き詰まる。
「なんだよ、バレてんじゃねぇかよ…」
「これでも一応、ここのトップだからねぇ」
流星は暫く沈黙したあと、ポツリポツリと言葉を紡いだ。
「正直、満月の力が受け継いで、護る力を会得して、自分は今までよりは強くなれたかと思ったんだ。でも、龍海さんに会って、真亜夜さんの目治すのみたら、自分なんてまだまだだなって思った。俺には、できなかったから…」
三人は、何も言うことなく、ただ流星の言葉に耳を傾けていると、流星は覚悟を決めた表情で、三人を見つめる。
「俺、もっと強くなりたい」
その言葉を聞いた三人は、満足げに笑っている。
「そう言うと思ったよ」
「でも天使、どないするん?修行する言うても、俺の力は修行で身に付くようなもんとちゃうで?」
「分かってるよ。俺だって、そんなん知らないし」
「えっ…」
天道達の話を聞いていた流星が、顔をひきつらせる。
「もしかして、ないのか?龍海さんの力を会得する方法…」
天道は、顎を撫でて天井を見上げる。
「まぁ、ない訳ではないけどな。こればっかりはお前次第だな」
「なんだよそれ…」
お茶を濁されて、流星は落胆すると、戸が開く音と共に、やかましい声が響く。
「流星ー!初詣行こうぜ、初詣ー!」
「と、朝成さん…!今、大事な話して…」
全部言い切る前に、朝霧は乱雑に流星の頭を掻き回す。
「いいじゃん、そんな話いつでも。お前だって、女達の着物姿見てぇだろ?」
流星は、思わずその姿を想像して、顔を赤らめる。
「もしかして、着物、着るの…?」
「お、その顔は、いやらしいこと考えてる顔だな?」
「朝成さんと一緒にしないで下さい」
「まぁ、そう言いなさんな。今準備してっから、こっちで一緒に待とうぜ」
朝霧は、流星の手を強引に掴んで、玄関に向かった。
「やれやれ、わざとやってんのかねぇ、あいつは」
呆れたように溜め息を付く天道を余所に、空閑と海原はクツクツと笑っている。
「いいねぇ、初詣。あたし達も行くかい?それとも、まだまだ飲むかい?」
「そりゃあ勿論、飲むでしょ」
「だと思ったよ。酒、準備して来るよ」
空閑は、おもむろに台所に向かった。
◇◆◇
「お待たせ」
流星、日向、朝霧の三人が玄関で待っていると、小一時間くらいしてようやく準備が整った女性二人がやって来た。
「おおっ!」
三人は、いつもと違う妖艶な姿に、感銘の声を上げている。
真昼に至っては、七五三のようにも見えたが、敢えて言葉を飲み込んだ。
「やーっぱ、着物はいいなぁ!いつもの軍服とは、全然違うわ!」
「全く、こんな時間に急に初詣に行こうなんか言い出すんだもの。どうかしてるわ」
時計を見ると、午前一時を回っており、真亜夜が文句を垂れるのも頷ける。
「まぁいいじゃねぇか。神社はこっから歩いてすぐなんだしよ」
「そういう問題じゃないでしょ」
口喧嘩をしている二人を横目に見ながら、流星達はさっさと神社に歩いて行く。
正月が過ぎたとは言え、まだ三ヶ日期間中だからか、それなりに参拝客で賑わっていた。
「おー、結構人いるなぁ!」
「屋台も出てるじゃん」
「私、りんご飴食べたい!」
真昼に袖を引っ張られて、流星は強制的にりんご飴屋に向かう。
人数分のりんご飴を買って、五人は堪能してから、三人は境内に向かった。
各々、参拝の儀式を交わし、手を合わせて祈る。
流星の願いは、ただ一つ、もっと強くなりたい、ただそれだけであった。
目を開けると、先程まで横にいた四人は、いつの間におらず、流星が焦っていると、背後から昼禅寺の声が聞こえて、慌て踵を返す。
「長かったわね、何か願い事でもあったの?」
「いや、別にそこまで長い願い事でもなかったんだけど、皆は願い事しなかったのか?」
「そもそも初詣は、神様に一年の挨拶するのであって、願い事をする場所じゃないから」
「そ、そうなの…?」
流星は、初めて聞く話に、目を丸くする。
「それに、俺達にゃ神様に叶えて貰うような願い事なんてねぇし、自分の願いなんざ自分で叶えるもんだってな」
得意気に言う朝霧に、流星と日向は格好いい、と感嘆の息を漏らす。
「あ、おみくじあるわよ!」
販売所に真っ先に向かって行く昼禅寺の後を追う。
全員引いたところで、中身を開封する。
「お、俺中吉だ」
「明日馬、なかなかいいじゃん。俺は吉だな」
「なんだ、さっき神に願う必要ないとか言っておいて、吉ですか?」
日向に小馬鹿にされて、朝霧は軽く頭を小突く。
「そういう話じゃねぇんだって。吉でも別に悪い結果って訳じゃねぇし。結構いい内容書いてからいいんだよ」
朝霧は畳んだおみくじを財布の中に閉まった。
「流星はなんだったの?」
昼禅寺が、横から覗き込むと、流星は満足げな表情を浮かべている。
「んー、内緒」
「またそれー?あんた、見かけによらず、結構秘密主義ね!」
「そうか?まぁベラベラ喋るのが好きじゃねぇだけだよ」
流星は、踵を返し、さっさと帰る途中、女の叫び声が響き渡った。
流星は、瞬時に化け物の気配を察知して、その場に向かって走って行く。
鳥居付近に近付いた後、化け物の気配が一層濃くなり、流星はブレスレットに手をかざす。
「グォオオオ!!」
流星の存在を捕らえた化け物が、流星を目掛けて襲いかかる。
「危ないっ!!」
既に刀を解放していた昼禅寺が、刀を振るおうとしたその時だった。
既に刀を持った短い黒髪の男が、霊の背中に刀を突き立てている。
流星の鼻腔が、クリーミーな美味しそうな匂いを掠める。
それと同時に、化け物の動きが止まった。
(なんだ…?屋台にこんなメニューあったか…?)
流星は、すぐに祭りの屋台の匂いではないことを理解し、眉を潜める。
「これでしょう?あなたの今一番食べたい物…。カルボナーラ」
金色の髪の少女に聞かれ、化け物は、食べ物の匂いに、たちどころに溢れだしたゴクリと生唾を飲み込むと、フォークを手に取り、料理をむさぼる。
そして、十分くらいで完食すると、辺りに目映い光が現れて若い女の霊が姿を見せた。
「なんで分かったの?今、私が一番食べたい物がカルボナーラだって」
「そりゃあ知ってるよ。だって、見えるから、この目で!」
女は、一瞬目を見開いたが、すぐに口元を緩めて、一筋の涙を流した。
「そう。とても美味しかった…。ありがとう」
そう言うと女は、天へと旅立って行った。
「おーし、帰るぞー!」
一仕事終えた男は、伸びをして、身を翻す。
「おい、待てよ!あんた、霊媒師か?!」
「ん?まぁ、そんなところ?」
「俺もなんだ!正解には料理人だけど。名前なんて言うんだ?俺、諸星流星ってんだ」
男は、その名前に反応すると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「へぇ、あんたが諸星流星かぁ。噂にゃ聞いてたけど、まさかこんなところで会うなんてなぁ!」
「噂?」
男は、振り替えり、満面な笑みを流星に向けた。
「俺、朔晦朔太宜しく!」
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皆様、長らくお待たせしました!第三章突入です。ここからは、不定期更新となりますが、できるだけ多く更新できたらと思っておりますので、宜しくお願いします!




