【二十三皿目】窮地
流星達が流星軒に辿り着くと、千影が最前線で化け物と戦っていた。
店に入ると、昼彦が言う通り、天道が負傷して、何故か空音と一緒に怪我を負って倒れていた。
「大丈夫かよおっさん!つーかなんで姉ちゃんもいるんだ?」
「そんなん全部後だ。それよりなんで来たんだよ!なんの為に保護したと思って…」
空音のその声は、流星の手によって制された。
流星が手をかざしたと思ったら、淡い青い光に包まれたのである。
そして、先程化け物にやられた右腕が、みるみるうちに回復していく。
「あんた、その力…」
言いかけて、腕のブレスレットが光ってることに気づく。
「もう守られてばっかじゃ嫌だからさ」
そう言って笑う流星の顔は、ちょっと前の子供っぽいだけの笑みでないことに気づき、いつの間にか成長したのだと悟って、ふっと笑いが込み上げた。
「あーあ、おっさんまで傷だらけになって!かっこつけた上にそんだけ傷まみれになってりゃ、世話ねぇわ!」
まるで全て知ってるような口振りに、天道は思わず不服そうな表情をする。
「うるさいなぁ、こんな傷なんてことねぇって」
ちょっと口調がいつもと違うことに気づいて、少し違和感を抱いて思わず目を丸くすると、否応なく手をかざすと、治癒を施すと、目眩で倒れかけた。
「はぁ〜、確かにこりゃあきっついわ。やっぱ満月は凄ぇや」
天道に支えられながら、顔に手を当ててははは、と笑う。
「お前はそこで休んで見物してろ」
「っておっさん、目は…!」
天道は、無傷だよ、と余裕そうに笑うと、そのまま厨房に向かう。
「空音、龍海、あとは任せたよ。
「よっしゃ、任せとき」
天道に支えられていた流星が、空音に預けられた時、聞いたことのある声に気付き、思わず目を見開く。
「あああああーーっ!!おっさん、あの時のっ!!」
指差して思い切り驚かれて、満足そうに龍海は笑う。
「おおー、ええ反応するやん!ま、そんなけ元気やったら、休む必要もなさそうやねぇ」
壁にもたれさせながら、龍海は言う。
「全部朝成さんから聞いたよ。千影さんのこと」
千影の単語に反応して、龍海と空音は口篭った。
「なんか、やっぱりよくわかんねぇけど、とりあえず、今はあの霊を成仏されればいいんだろ?」
流星は、千影と戦ってる化け物に視線をやり、一番好きなものをみとうと目を凝らす。
「え…っ」
流星は困惑した。
あの化け物が一番食べたい物が見えないのだ。
「お前には、無理だと思うよ」
調理を始めようとしていた天道が、口を挟む。
「おっさんにはできるんだな…っ」
流星はぐっと奥歯を噛み締め、悔しそうに拳を握ると、それでもと食い下がって厨房に向かうと、深々と頭を下げた。
「それでも、俺にやらせてくれ。頼む」
野菜を洗っていた手を止めて、暫し考えると、水道の水を止めて、濡れた手をタオルで拭きながら、
「だったら最後まで、全部一人でやれ。俺は手伝わないよ」
試すような物言いではあったが、流星の決意は揺るがなかった。
◇◆◇
「グォォオオオ!」
地を揺るがすような咆哮が、全身に響き渡り、全身の力が抜けそうになる。
明日馬は先程からひたすら、千影の攻撃を躱していた。
「やめろ、千影!こんなことして、いったいなんになるって言うんだ!」
「うるさい!姉さんを裏切って、霊媒師になったあんたなんか、大っ嫌いだっ!」
もはや千影の刀の太刀筋は、型など関係なく、ただただ感情任せに振るっているだけのようだった。
明日馬は千影の目が涙で潤んでいることに気づくと、思わず油断して力を緩めてしまった。
その隙を見流さなかった千影は、容赦なく肩先を目掛けて刀を振り下ろすと、鮮血が激しく飛び散った。
ドクン。
その時、明日馬の体が大きく脈を打つと、どんどん気が遠くなり瞳孔の光が失われて行く。
まただ、また自分は自我を失ってしまうのか、そう思った刹那、声が遠くから聞こえた。
いつの間にか、自分の体に温かい気が流れてきた。
遠く薄れていく意識が、だんだんと戻って行く。
「あんた…金物屋の…」
いつの間にか見たことのある顔が目の前にあり、明日馬は呆然と見つめる。
それを見ていた千影が、ヒュッと空を斬って、刀を振り下ろすと、空音の鼻先で止めた。
「邪魔、しないでくれます?」
空音は臆することなく、千影をに睨みつける。
「断るよ。あんたの本来の目的は、明日馬じゃなくて料理人だろ」
千影は、一層眉間に皺をよせて牽制する。
「分かってるならどいて。姉さんを裏切って霊媒師になった明日馬も、私にとっては敵もどうぜ…!」
千影がそう言いかけた時、空音と明日馬の眼前に、赤い血潮が飛び散って、千影はゆっくりと前のめりに倒れた。
何が起きたのか、訳が分からず顔を上げると、そこには先程まで朝成と真昼と戦っていた化け物が立っていた。
「は…っ?な、何やってんだよ朝成と真昼は!」
大声を上げて二人を探すと、二人もまた血潮を流して倒れていた。
「嘘…だろ…?」
この化け物は朝成と真昼さえ物ともしないのか。
思わず全身が恐怖に苛まれ、冷や汗をかく。
こんな感覚はいつ振りだろうか。
二人を目掛けて化け物は、再び手を振り下ろすと、咄嗟に身構えた。
万事休すか、そう思われた時、小さな影が目の前を横切る。
「あーあ、見てらんねぇなぁ!偉っそうに俺がいたらややこしくなるから来るなって言ったくせに、そのザマかよ」
聞き慣れた声に、うっすら目を開けると、不機嫌そうな顔をした陸が立っていた。
「陸…」
呆然と自分を見ていた空音に、勢いよく切先を突きつける。
「なーにが、俺がいるとややこしくなるから留守番しとけだ、このおばさん!!俺が来なかったらやられてたんだぞ!!」
無駄に大きな怒鳴り声が響いて、肩をすくめる。
同じく呆然と自分を見つめている明日馬に、一層苛立って額の青筋がさらに増える。
「テメェ…。あれだけ俺にこっぴどくやられたくせに、全然強くなってねぇじゃねぇかよ!!おまけに頭に守られやがって!この腑抜けが!!」
頭…?
いきなり聞き慣れぬ単語に思わず目を見開く。
「けっ。化け物に対していつまでも情に耽ってるから、そんなことになんだよ。悪いけど、斬るぜ」
陸が刀を構え直して地を蹴ろうとした時、先程まで地面に突っ伏していた千影に、足を掴まれた。
「てめ、離せ…っ!」
「やめて…っ、それ以上傷けないで…っ!」
「お前、まだそんなこと…っ!」
陸は言いかけたが、千影の頬が涙に濡れているのに気づき、言葉を飲んだ。
「お願い、やめて…っ!その人、私のお父さんなのっ!!」




