【十八皿目】訓練
「よっしゃ!今日から千影がまた動き出すまで、お前ら二人みっちり鍛えてやるよ!」
朝成のその一言で、地獄の訓練が幕を開けた。
最初は麻亜夜が、明日馬がこの三ヶ月で強くなったと言う話をしていただけだったのに、何故か流星までもがその訓練に参加することになり、朝食後屋敷内を五週、つまり合計30キロ程走らされて帰ってきたところである。
明日馬は一応軍に顔を出さなくなってからも自主練として、毎日自宅付近を10キロ程走っていたのでそれ程苦ではなかったが、流星はというと案の定体力を消耗し切って、ぜいぜいと息を切らせて道場に辿り着くまでに中庭で仰向けになって転がっていた。
「お前…、軍から抜けてから全然鍛えてねぇだろ」
心なしか朝成の言葉が怒気を帯びている。
明日馬も流石にここまで体力がねぇとは、と冷ややかな視線を送っている。
「うるせぇ…。そこまでの体力があるなら、料理人じゃなくて霊媒師になってんだよ…っ!」
息も絶え絶えに精一杯睨みつけて、文句を言っている。
「そもそも何で俺まで訓練なんかしなきゃなんねぇんだよ!日向だけで十分だろ!」
なんとか力を振り絞って悪態をついたが、それが仇と成したか、朝成は意地の悪い笑みを浮かべて、流星を見下ろす。
「お前、陸と明日馬が戦って明日馬が大怪我負わされた時、なんとも思わなっかたのかよ?」
流星は、ぐっと息を飲む。
「それだけじゃねぇ。それよりも前にお前は誰を失ったんだ?自分の一番大事なものを無くしたんじゃなかったのかよ?」
流星の表情が歪み、脳裏に満月が浮かんで、思わず怒りが込み上げて、反撃しようと拳を振り上げたが、あっさりと交わされねじ伏せられてしまった。
「もっ、朝成さん…っ!」
明日馬が止めに入ろうとしたが、いつの間にか刀を生成してのか、喉元に突きつけられた。
来るな、と言うことだ。
「おら、このまま俺が刺そうと思ったらいつでも刺せる。そんでもってお前はまた大事なもんを失くす。
それでいいのかよ?」
流星は反撃しようと空いている方の手を思い切り力を込めるが、言うことを聞かない。
「満月が、お前を命をかけて守ろうとしたのも満月の意思だし、お前に戦う能力がないのもお前が悪いわけじゃねぇ。でもよ、それならせめて誰からも守られないように、自分を守るすべくれぇ身につけてもいいんじゃねぇの?」
朝成の言葉の一つ一つが胸に響いて、思わず大粒の涙が溢れ出す。
「うるせぇ!わかったようなこと言ってんじゃねぇ…っ!自分だって、麻亜夜さん守れなかったくせに…っ」
その言葉に流石の朝成も胸を抉られるが、否定できる訳もなく、力無く頭を垂れる。
「そうだよなぁ…。お前の言うとうりだよ。俺も自分の一番大事な奴を守れなかった。だから、お前にはそうなるなっつてんだよ」
流星はようやく解放されると、もう一度朝成を目掛けて拳を繰り出す。
しかし、虚しくあっさりと受け止められる。
「弱いな。型が全然なってねぇ」
負けじともう片方の手を振るうが、やはり受け止められてしまう。
「強くなりてぇか?」
流星の胸の内を悟りでもしたのか、先程とは打って変わった優しい、それでいて厳しい声色で問う。
うん、と言えるものなら言ってしまいたい。
だが自分に戦う力がないのに、どうすればいいのか。
守られないようにするなど、そんなこと戦えるようになれと言ってるのと同義ではないのか?
「強くなれるものならなりてぇ。でもどれだけ鍛えられてもできなっかた。無理なんだよ、俺には…っ!」
頭を垂れて、喉奥から絞り出すような声で本音を紡ぐ。
朝成は流星の腕を話すと、背を向けて顔は合わせぬまま口を開いた。
「強くなる覚悟があるなら今から一時間後、道場の地下に来い。勿論明日馬もだ。一緒に鍛えてやるよ」
それだけ言うと、朝成は二人を残してその場を去っていった。
◇◆◇
道場の勝手口に回るといつからそこにいたのか、立ち聞きしてた麻亜夜が立っていた。
「もっと違うやり方ができたでしょうに、わざわざ墓穴掘って、バカですかあなたは」
久しぶりに聞く毒舌に、思わず顔を隠すように手を当てて、壁伝いにズルズルとしゃがみ込んだ。
「うーわー回復したと思った途端、トドメ刺して機やがった、この女」
フッと笑みをこぼすと、腰を下ろして顔を覗き込む。
「泣いてるんですか?」
顔を隠しながらだが、麻亜夜の声が先程よりも近くで聞こえて、顔を背ける。
「うるせぇ、泣いてぇよ」
明らかに頬が濡れているのがわかり、麻亜夜は深いため息をつく。
「別にあなたが悪いわけじゃないんですから、それ以上責めないでくださいよ。ぶっちゃけうざいです」
流石にぶっちゃけすぎだろ、と渇いた笑いが漏れる。
「それで、訓練って言ったって何をするつもりなんです?軍にいた頃、あなたや満月がどれだけ訓練しても、無理だったじゃないですか」
朝成が涙を拭くと、いつもの悪戯な笑みを浮かべる。
「だから、戦うって意味の強くなるんじゃなくて、守られるって意味で強くなればいいんだよ」
麻亜夜は全く意味がわからず、ただただしかっめ面をしていた。




