【十四皿目】胸中
千影は、朝成と麻亜夜を襲撃した後、すぐにある場所へ向かった。
そこは自宅から20分くらい離れた場所にあった。
千影は真っ白い四階立ての建物に入ると、受付を通り来た時に案内された部屋に向かう。
扉の横の部屋番号と、名前を確認してから扉を開けると、二人部屋のベッドには、50代くらいの夫婦がいて、男性は呼吸器をつけていて、その隣には自分と良く似た顔の二つ上の姉、御影池美影である。
千影が来るのを心待ちにしていた母親は、千影を見るなり優しく微笑んだ。
「お帰り、千影」
「ただいま、母さん。父さんも」
父さんと呼ばれた男は、何も言うことなく、ただ規則正しい呼吸をしている。
「お父さんね、今日も全然目を覚さないの。今日でもう五日よ」
今まで優しい口調だった母さんと呼ばれた女は、千影の腕を掴むと、突然気が狂ったように、大声えをあげた。
「ねぇ千影、お父さんこのまま目を覚まさなかったらどうなるの?もし、もしこのまま死んじゃったら、私…っ!」
そこまで言うと胸を抑えその場に蹲った。
千影は咄嗟にナースコールを押すと、女を抱きしめて背中をさすった。
「大丈夫、大丈夫だから…っ!もし…」
勢いで言いかけた言葉を慌てて飲み込む。
(もし、お父さんが死んだとしても、その時は私が楽に成仏させてあげるから!絶対に、これ以上痛みを与えたりはさせないから…っ!)
◇◆◇
それは今から三年前に遡る。
千影が中学三年生で、美影が高校二年生の時。
千影は、子供の頃からスポーツに秀でており、あらゆる部活から声をかけられてる程で、美影は成績優秀で料理も得意であった。
そんな千影が選んだのは、剣道部であった。
今思うと何故そこまで剣道に魅せられたのか、よくわからない。
ただただ、剣道は男がやるものだと勝手な先入観を抱いていたのに、女でありながら自分と同じ年の人達が、竹刀を握り勇敢に戦う姿に、とても魅力を感じたのだ。
その勘は見事に当たり、千影はすぐに頭角を表し、あっという間に一年で首相にまで上り詰めたのである。
しかし千影が中学三年生になった頃、スランプに陥ってしまい周りからのプレッシャーに負けて、自暴自棄になっていた。
そんな時、学校の帰り道、化け物に襲われていた姉を助けるために、恐怖に怯えながらも果敢に立ち向かっていったところを、天道に助けられその勇猛さを買われ、霊媒師になったのである。
最初こそは千影も皆と同じ霊媒師として歓迎されていたが、あることがきっかけに、それが崩れ始めたのである。
千影の霊媒師としての能力は、昼彦のように化け物から力を奪うことだったが、千影がそれを人間に使おうと思ったのは、同じ仲間で恋人でもあった料理人が、殺されて化け物になった時のこと。
千影は料理人ならば、死んだ時も成仏する方法は、霊媒師に斬られるのではなく、料理で成仏させた方がいいと思ったのだ。
だから千影は、恋人が化け物になったとしても、元が料理人であるならば、見える力を奪えるのではないか、そう思ったのだ。
しかし、霊媒師はどんな理由があろうとも、軍の人間を切るのは規則違反であった。
だが千影は、どれだけ周りに止められようと、自分の正義を貫いて料理人である彼を斬ってしまった。
彼女の勘は的中した。
殺されて化け物を斬った千影は、見る目を奪うことができた。
そして、その頃自分も料理人になるべく、美影に料理を習っていた為、料理ができた為、千影の恋人は料理で成仏させることができたのである。
本来ならば重罪を犯したことには間違いではなっかたのだが、自分達も止められなかった責任もあると言うことで、軍を永久に追放されるだけに止まったのである。
それからは、また軍に入るより前と同じ、部活に励む日々を送っていたが、ある日両親が火事に見舞われた。
幸いにも千影と美影は学校にいたため無事だったが、両親が巻き込まれてしまったのだ。
それから五日が経ち、母はなんとか食事ができるまでには回復したものの、父だけは未だに生死を彷徨っている。
もう長くはないのだと悟った千影は、たとえ死んだとしてもこれ以上の痛みを与えないように、また三年前と同じ過ちを犯そうとしていたのである。
だがもう今は軍の人間ではない。
だからもう、その行為は罪でもなんでもない。
自分はもうこれ以上、人が痛みで苦しんでる姿を見たくはない。
様々な思いが、彼女の中でせめぎ合っていた。
◇◆◇
20分程バスに揺られてようやく軍に辿り着いた一行は、門の前で出迎えていた昼彦と朝成に迎えられた。
「おう、流星久しぶりだなぁ!」
「おおー、朝成さん!久し振り!変わってねぇなぁ!」
慣れたような挨拶を交わす二人を見て、改めて流星が軍にいたことを知って、明日馬と真昼は複雑な気持ちになった。
朝成が流星の目が少し赤く腫れていることに気づき、ずいと顔を近づける。
「ちょっと目ぇ腫れてんな。徹夜でもしたか?」
慌てて流星は目に拳を当てた。
「ちっ、違っ!これは別になんでもねぇっ!」
ただ徹夜してるだけにしては不自然な慌てように、朝成は彼の今までの過去から敏感に何かを感じ取り、ぐいと肩を組み引き寄せた。
「話くれぇあとで聞いてやるよ」
まるで全てを悟ったような物言いに、流星は本当に変わってないなと改めて思った。
すると、いつの間にか見知らぬ顔が自分を、マジマジと覗き込んでいるのに気づいた。
「ふーん。あんたが諸星流星か。なるほど、お姉ちゃんが言ってた通り、弱っちそうだね」
流星が察するに、自分よりも年下なのだろうが、その年齢とは思えない落ち着いてはいるが、冷ややかな声色に、流星は戸惑った。
そういえば今、お姉ちゃんって言わなかったか?と、疑問に思っていると、その少年の特徴が以前真昼が言っていたものと一致していることに気づいて、真昼の弟なのだと理解した。
なるほど、よく似ているし可愛いな、などと呑気なことを考えていたが、その考えは次の一言で一瞬にして覆された。
「僕は絶対に認めないからね。朝成みたいな強い男ならともかく、こんなヒョロっこい料理ができるってだけの男なんて、神が許しても絶っっ対許さないからね!」
何故か出会うなり啖呵を切られて、朝成は腹を抱えて笑っているし、明日馬と真昼は呆れているしで訳がわからなかったが、とりあえず自分はなんらかの理由で、この少年に嫌われてしまったと言うことだけは理解した。




