【五皿目】御影池千影
翌朝、いつものように制服に着替えて、バスに揺られて流星軒に向かった。
12月と言うこともあって、街の雰囲気はすっかりクリスマス仕様で、行き交う人々もなんだか忙しない。
明日馬は流星軒に辿り着くと、玄関先に見慣れぬ人物を見つけ立ち止まった。
(珍しいな、こんな朝早くに…)
そう思いながら歩いて行くと、明日馬は思わず目を見張り息を飲んだ。
(まさか、なんであいつが…?)
その人物は、自分が良く知る、昔失った幼なじみその人であった。
(なんで、今更…っ!)
全身に身の毛がよだち立ち尽くしていると、店の中から陽気な声の店主が出て来た。
流星は明日馬が迎えに来たのかと思っていたが、そこにいたのは全く見ず知らずの女性だった。
流星は一番好きな食べ物が見えないことから、その女性が人間であるとすぐ見抜く。
女は、ただ俯いたまま何も言わないので、流星が不思議そうに顔を覗き込む。
「どうした?うちになんか用か?」
すると女は、怪しく口元に弧を描いたかと思えば、左腕を持ち上げている。
「逃げろ!!」
明日馬は瞬時に危険を察知し、彼女よりも先に飛び出していた。
明日馬の気迫に思わずバランスを崩した流星は、足がもつれてその場に尻餅をつく。
だが、それが幸運であった。
女は左腕のブレスレットを刀に変えたかと思えば、あろうことか流星を斬らんと振り上げたのだ。
だが流星が尻餅をついたお陰で、間一髪のところで大事は免れたのだ。
女は、懲りずに再び流星を狙って刀を振り下ろす。
しかし、明日馬が自分を目掛けて刀を斬り付けようとしているのが分かり、咄嗟に距離を取る。
明日馬は流星を守らんとするべく、目の前に立ちはだかり刀を身構えた。
「なんで…。なんで、お前がいるんだよ!半年前、軍から追放されたんじゃなかったのか!!」
まるで怒号のような明日馬の声に、流星はただただ呆気に取られているだけである。
お前と言われた女は、短く柔らかい白髪をなびかせながら、ゆっくりと向き直ると、明日馬の表情とは全く逆の、この場の空気に似つかわしくない、陽気な笑みを浮かべ、
「久しぶりね、明日馬」
と言った。
まるで女も明日馬を知ってるような口振りの女に、流星は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしている。
「え…。お前ら知り合いか…?」
奥歯を噛み締めていた明日馬が、喉奥から絞り出すような声で答える。
「二年前、軍から追放された、俺の幼馴染みだ」
◇◆◇
女の名前は、御影池千影と名乗った。
明日馬の話によると、二年前、つまり満月が死ぬよりも前に軍から追放されたらしい。
「ちょっと待て。二年前って、日向お前、いつから軍にいたんだ?」
流星は混乱しつつも冷静に質問する。
「俺が軍に入ったのは、あんたが出て行った後だ。
千影が追放された時は15歳だから、今は17歳だよ」
「17歳?!」
流星は思わず大声をあげた。
同じ17歳の真昼と比べて、背が高くスラッとしていて落ち着いた表情をしているのだ。
いや、これが年相応であり、真昼が幼いのだろうと、流星は心の中で納得した。
「でも、なんで追放されたんだ?つーか追放された奴になんで、俺が襲われてるんだ?」
次々と質問を投げかけられて、明日馬は苛立った。
しかし、その問いに答えたのは明日馬ではなく千影であった。
「それはね、あなたのその目が欲しいからよ」
相変わらず、陽気な笑みを浮かべていて感情が全く読み取れない。
目とはどう言う意味だ?と、流星は首を傾げている。
「あいつは…っ、御影池千影は、料理人の見える目を盗むことができるんだ」
流星ははぁ?!とすっとんきょうな声を上げる。
「天道さんに聞いたんだ。千影のその能力と、軍の人間の目も奪ったから追放されたこと。
だからずっと隔離されてた筈なのに、なんで…!」
千影が細めた目を開けると、緋色の目で明日馬をじっと見つめる。
「目的を果たす為よ」
目的…。その言葉に明日馬は見に覚えがあった。
それは、二年前、千影が軍に入った頃のこと。
「私の力は料理人から見える能力を失くし、世界を平和にすることよ!」
確かにそう、彼女は言っていたし、その能力を認められたから天道にスカウトされたのだと、千影は勘違いしていたのだ。
天道が彼女に見出だした能力は、見える目を奪う能力ではなく、幽霊が見える力とずば抜けた戦闘能力にあった。
彼女は生まれつき身体能力に恵まれており、子供の頃から様々なスポーツ界隈を賑わせていた。
しかし、その恵まれた才を妬む物も少なからずおり、プレッシャーに押し潰され、引退を考えさえした。
そんな時、幽霊に襲われたにも関わらず、全く怯むことなく果敢に立ち向かって行く彼女の姿を、たまたま見ていた天道に認められて霊媒師になることを、進められたのだ。
だが、天道はあることを見落としていた。
そう、それは彼女の持つ真の能力のこと。
料理人から見える力を奪う能力など、天道でさえも知らなかったのだ。
現に彼女に見える力を奪われた料理人は、何人もいて、それは軍の人間も例外ではなかった。
だから危険因子と見なされ、二度と軍に関わらないように、永久追放を命じられたのである。
それなのに何故今になって彼女は、再び料理人から見える目を奪おうとするのか。
明日馬は全く理解に苦しんでいた。
彼女は小さく息を吐き出すと、諦めたのか刀をブレスレットに納めた。
「今日のところは諦めてあげる。でも、これだけは覚えておいて。
私は絶対、あんたのこと、許した訳じゃないから」
そう言い残して、彼女は朝もやの中に消えて行った。
張り詰めていた空気が消えて、尻餅をついていた流星は立ち上がった。
明日馬はまだ身構えたままで、顔が強ばっている。
流星はおもむろにうーん、と顔を持ち上げた。
千影の明日馬を見るあの目は、まるで全てを憎むような目であった。
何故彼がそこまで恨まれているのか、流星は全く検討も付かず、腕組みをして、真面目な表情を浮かべる。
「にしてもあれだな」
武者震いをしていた明日馬は、流星がいつの間にか横にいたことにようやく気付く。
「お前、美人にモテるな」
何をどう見たらそうなるのか、相変わらず的外れなことを言ってる流星に、明日馬は全身の力が抜けて、力尽きたようにその場にしゃがみ込むと、
「勘弁してくれ…」
と言った。




