【二話】来訪
朝から続いたどんちゃん騒ぎは、夕方頃まで続いた。
「それじゃ、あと宜しくねん♪」
結局母屋が近いのをいいことに、わざわざ酒を取りに行きすっかりご機嫌な天道は、食べ終わるとさっさと帰って行った。
「ちょっと!片付け手伝ってから帰りなさいよー!」
背後から真昼の文句が聞こえたが、片手をひらりと振りスタスタと歩いて行った。
こういうところが悪口を言われる所以だろう。
ブツブツと文句をこぼしながら、片付けを進める。
「今日はありがとな」
一緒に片付けをしていた流星が、ポツリと呟いた。
朝方頃に比べると幾分か明るさは取り戻していたが、それでもまだどこか無理をしているようで、直視することができず、真昼は視線を反らす。
「別に、あんたの為じゃなくて、満月の為なんだから。勘違いしないで」
思わず本心とは真逆のことを言ってしまい、後悔したが、それでも流星は笑っていた。
「それでもいいよ。ありがとう。満月もきっと喜んでる」
真昼は墓石に視線を向けた。
真昼は何故満月が死んだのかは知らず、気になって聞こうと思ったがあまりにも残酷だと言い聞かせ、聞かないことにした。
いつか話してくれる時が来るかも知れないと、ほんの少しの期待を持ちながら。
「そういえば、今お前がおっさんの右腕なんだよな?
大変だろ?」
急に話題が変わって真昼は少し戸惑った。
「そうよ、大変なのよ!厳つい顔して天使なんてメルヘンな名前だし、大酒飲みだし、いい加減だし、人使い荒いし、博打好きだし!」
流星は少し驚いた顔をしている。
満月を目の敵にするくらいだから、てっきり崇拝していると思っていたのに、自分と同じ悪口がポンポン出てくるではないか。
真昼はうっすらと笑みを浮かべて、「でも…」と続ける。
「それでも、あの人が私を救ってくれたのは間違いないわ。だから、私はこの先もずっと霊媒師を続けるつもりよ」
そう言った真昼の目は、誇らしげな表情をしていた。
流星は先程の天道に対する悪口を思い出し、たまらず笑い声を上げると、真昼は怪訝そうな顔をする。
「なによ?なんか変なこと言った?」
「いや、別にそうじゃなくて、さっきのおっさんの悪口、俺が最初の時に思ったのと一緒だったから」
言われて真昼は、思わず顔を真っ赤にする。
これは流星と同じ意見だったことが嬉しいのか、自分が誰よりも崇拝する天道の悪口を他の人に言われたことに対する怒りなのかは、計り知れない。
「私が言うのはいいの!でも、私以外の人が言うのは許さないから!」
そうは言ったが、その言葉に少し矛盾を感じて、真昼も笑いが込み上げて一緒に笑った。
それを遠目で、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた七夕が、わざとらしく大声で話かけた。
「お二人さーん!早くしないと置いてくよー!」
二人はいつの間にか片付けが終わっていることに気付き、足早に二人の元に向かうと、真昼の気持ちを知っている七夕がからかって来る。
「なによー!それ以上言うと、夕季が好きな人バラすわよ!」
「わっ!だ、ダメ!それだけは止めて!!」
顔を真っ赤にさせた七夕が、両手を伸ばして慌てる。
明日馬は、その様子を面倒くさそうに見つめてため息を付くと、一足先に歩き出した。
相変わらず鈍感である。
その後を流星達が続く。
その時、流星は一瞬立ち止まると振り返り、再び墓石を見た。
だが今度見せた表情は、涙ではなく全てを吹っ切ったかのような、優しい笑顔であった。
◇◆◇
16時を過ぎた頃、流星と明日馬はバスに揺られていた。
流星が唐突に平岡夫婦のことを話し出したかと思えば、今から会いに行こうと言い出したのだ。
住所は知っていたが、電話番号までは分からなかったので、アポ無し訪問である。
明日馬は流石にそれはまずいと思って止めたのだが、くだんのことは明日馬も気になっていたので、仕方なく同行することにした。
バスに30分程揺られて辿り着くと、相変わらず庭は綺麗に整備されている。
インターホンを鳴らすと、数分程経ってからその男は出てきた。
二人を見るなりまるで豆鉄砲を食らったような顔をした忠平だったが、視線を反らして申し訳なさそうな明日馬と、悪びれもなく満面の笑みを向けて来る流星に降参したのか、深くため息をついて家に招き入れた。
部屋は一人暮らしの男性にしては清掃が行き届いている、と二人は感嘆する。
部屋を見渡すと、あちらこちらに女性が好みそうなデザインの調度品や、小物があって、和子の面影を感じる。
忠平は何かを察したらしく、二人は客間ではなく、自分達が食事をしているリビングに通された。
「お久しぶりです。どうですか?あれから」
流星が話し出す。
「どうもこうもあるか。今まで通り、何も変わりゃしねぇよ」
お茶を用意しながら忠平は、感情の読み取れない声で言った。
「言っとくが、今日はこの前みてぇな馳走はねぇぞ」
「分かってますって」
そうは言いながらも、そこそこ上等なクッキーを出してくれた。
「で、今日は何しに来た?」
真っ黒いコーヒーをすすりながら、忠平は聞く。
「ちょっと報告があって…」
「報告?なんのだ?」
忠平は先程まで明るかった流星の顔が陰ったのを、見落とさなかった。
「満月、覚えてますか?俺の店にいたセーラー服の女の子」
忠平は瞼を持ち上げて記憶を辿る。
「そういえば、いたな。幽霊だったみたいだが。
それがどうした?」
流星が一呼吸置いてから、ゆっくり話し出す。
「成仏したんです、昨日。そのことで今日報告に来ました」
忠平はかける言葉が見つからず、暫く口を閉ざす。
人を失う悲しみは自分も痛い程に分かっている。
その時、周りがまるで自分を腫れ物を扱うように異常な程明るく接する者が少なからずいて、一層辛い思いをしたことがある。
そんなことをするくらいなら、いっそのこと放っておいてくれと、何度も心の中で毒吐いたのだ。
だから忠平はそれ以上何も言うことはしなかった。
同じ痛みを理解していたからだ。
三人は暫くの間、黙ってただ時計の音だけを聞いていた。
「言わないんですね、何も」
「何か言って欲しいのか?」
言われて思わず笑みをこぼす。
そうだ、忠平とはそう言う人だった。
出されたお茶を飲み干して、二人は席を立った。
「なんだ、もう帰るのか?」
「あんまり長居する訳にも行きませんので」
「そうか…」
どことなく別れを惜しそうな顔をする忠平を察して、流星は少し意地悪な笑顔を浮かべる。
「また来ますよ!その時は、俺以上に美味い肉じゃが食わせて下さいね!」
その一言で忠平の表情がひきつり、頭を抱えた。
「ガキが。あんまり調子乗ってると痛い目見るぞ」
「もうとっくに見てるんで、手遅れですよーっ」
尚も憎まれ口を叩きながらおどける流星を、明日馬も呆れたような表情で見ていた。