【三十三皿目】暴走
流星と空音が店に入って行くのを確認した明日馬は、深呼吸して刀をやや担ぎ気味に構える。
真昼の方は大丈夫だろうと鷹をくくり、漸く自分のことだけに集中する。
自分の挑発に応じたことが嬉しいのか、陸は無邪気に「そうこなくちゃ!」と笑うと、明日馬の戦闘態勢が完全に整うのを待つ前に、地面を蹴り懐に飛び込んだ。
遅れを取った明日馬は、咄嗟に刀を受け止める。
その一撃は思った以上に強烈で、ビリビリと腕に電流が走った。
その様子を陸はお構い無しに、刀を振るうと、激しい火花が飛び散り、押し返すことが叶わず、明日馬の体は、あっと言う間に壁際に追い込まれた。
トドメ、と言わんばかりに陸は刀を振り下ろす。
しかし、自分の刀を切り裂かんとした瞬間、ギリギリのところでかわす。
明日馬を狙った刀は壁を砕いて、一瞬隙ができた。
明日馬はそれを見逃すことなく、俊敏な動きで陸の後ろに回り込むと、振り返ろうとしたところを足で蹴り飛ばした。
思わず刀から手を放して尻餅をつくが、直ぐ様壁に刺さった刀を引き抜いて刀を振るう。
しかし、刀は黄色い軌跡を描いただけでなんの手応えも感じられない。
ちっ、と舌打ちして、ブンブンと刀を振り回す。
「なんだよ!逃げてばっかいねぇで、向かって来いよ!」
苛立ちを感じながら挑発してみせるが、案外冷静な明日馬は応じることなくただ、避けることだけに集中する。
陸は先程の蹴りからやや冷静さを失いかけているのか、さっきから同じ攻撃を繰り返している。
なるほど、明日馬より強いことは確かだが、気は短いらしい。
だったら無駄に動かして、力尽きるのを待つのが賢明だと明日馬は判断した。
「なんだよ、なんでかかって来ねぇんだよ!
前はあんなに強かったくせに、馬鹿にしてんのかよ!!」
挑発のつもりなのか、刀を振り回しながら喚き散らす陸を、明日馬は気に止めることなく、ただただ刀をかわす。
幾度か刀が交差した後、明日馬が刀を薙ぎ払い、瞬時に後ろに回ると、顔を思い切り蹴りあげると、ぐらりとよろける。
手加減されている、陸はそう悟ると更に怒りを増して、地面を猛烈に蹴り上げ刀を振りかざす。
ガィン!鈍い音を立てながら、激しい火花を散らす。
もうそろそろか、明日馬が頃合いを見計らい、刀を振り払おうとした時、真昼の悲痛な叫び声が轟いた。
思わずそちらに気を取られて、振り向いてしまう。
「よそ見してんじゃねぇよぉ!!」
叫び声に反応したが遅く、明日馬を目掛けて刀を振り下ろした刹那、鮮血が吹き出した。
ドサリ、明日馬はゆっくりとその場に膝をつき、ヒューヒューと笛の音のような呼吸を繰り返している。
「あはははっ!残念だよ、日向明日馬!もっと楽しませてくれると思ったのにさぁ!」
陸が狂喜に満ちた笑い声を上げると、これでとどめだと言わんばかりに刀を振り上げる。
その刹那、明日馬の脳裏に、女性が浮かび上がった。
明日馬は振り下ろした陸の腕を、寸でで止めた。
「お?まだやれんの?」
飽くまで余裕綽々と言った陸が、笑いながら明日馬の顔を覗き込む。
目が合った途端、陸は全身を振るわせた。
また、あの目だ。
陸は恐怖と歓喜が入り交じった、複雑な感情に身を振るわせた。
「やっと本気出したか!
そうだよ、その目だよ!
それがお前の…日向明日馬の本性だよ!!」
陸の叫び声は、明日馬にはもう届いてはいなかった。
明日馬は先程とは別人かのように、猛烈に地面を蹴り陸に突進して、刀を振りかざす。
瞬時に受け止めると、派手な火花が飛び散る。
ギンギンギン、ガガがガガ!!
上から下、下から上、今度は斜め左から、斜め右と激しく刀が交差した後、陸が次の攻撃を仕掛けようと刀を振り上げだ瞬間、いつの間にか明日馬が目と鼻の先にいる。
ビュッ!下から刀を振り上げると、血飛沫が吹き出して今度は陸が膝を突いた。
容赦なく斬り裂こうと刀を振り下ろした瞬間、良く聞きなれた女性の叫び声が脳裏に響いた。
それは、昔失った幼なじみだ。
「止めて、明日馬!あなたはもう、一人ぼっちじゃないのよ!!」
その声にふと我に帰り、振り下ろした手を己が意思で止めた。
いつまでも痛みが感じないのが不思議に思い、陸は重々しく顔を持ち上げると、いつの間にか明日馬の目は元に戻っていて、頬を涙で濡らしていた。
陸は何が起きたのか、訳が分からずただぼーっと明日馬を眺めていると、金色の少年の存在に気付いた。
「悪いな、待たせちまって」
それだけ言うと流星は、満月の元へ歩を進める。
陸と明日馬はほぼ同時に力尽きて、その場に倒れた。
空音は急いで駆け付けて、素早く治療を施した。
それは、明日馬だけではなく、陸も例外ではなかった。
◇◆◇
満月は真昼を尻尾に巻き付け、今にも地面に叩きつけんとする瞬間だった。
だが、鼻腔を美味しそうな匂いが掠めて、動きが止まる。
流星は、いつものように…だが、どこか寂しそうな笑みを浮かべている。
その時、満月は全身の力を緩ませると、真昼が尻尾をすり抜け落ち、地面に落下する。
「きゃあっ!」
「危ねぇっ!」
地面に激突するギリギリで、流星は真昼を受け止めた。
「いてて…。案外重いのな、お前。
あ、胸の重さか」
などと冗談めかして、セクハラ発言をしている。
「ばっ!こんな時に何言ってんのよ!!」
真昼は、顔を真っ赤にさせて怒鳴る。
「そんだけ元気なら大丈夫だな」
ポンポンと真昼の頭を軽く叩くと、膝から下ろし立ち上がると、一歩だけ満月との距離を詰めた。
「そこじゃあ食えねぇだろ?
来いよ、準備できてるから」
流星は、身を翻して店へと戻る。
満月はボロボロの体を引きずって、流星の後をついて行った。