【二十九皿目】激突
空音は少し遅れて、流星と真昼の元に駆け寄ると、両手を真昼にかざした。
すると、両手から温かい水色の光が沸きだし、みるみる真昼の傷を治した。
流星と真昼は驚いて、空音を見つめる。
「言っただろ、あたしも元々霊媒師だったって」
二人の言わんとしてることを瞬時に察すると、余裕な笑みを向けた。
夏空の下、鮮血が雨のように降り注ぐ中を、陸はそんな三人に我関せずと、怪しい笑みを浮かべながら立っていた。
ペロリと刀に染み付いた血を、舌先で舐めとる。
流星はその仕草に、背筋が凍るのを覚えた。
「やっぱり、一筋縄じゃいかねぇか。
さすがは、元あの人の右腕だ」
はははっと、乾いた笑い声をあげる。
あの人の右腕…、陸はまるで、満月の過去を知っているかのような口振りである。
刀を斜め下段気味に構えると、満月が長い舌で陸の心の臓を目掛けて突き出す。
それを刀で受け止めるのかと思いきや、地面を蹴って突進した。
一瞬で満月の懐に飛び込むと、黄色い軌跡を描きながら刀を横に薙ぐと、悲痛な叫び声をあげて、地を這うようにのたうち回る。
片足で身軽に着地すると、今度は後ろに回り込み、長い尻尾に刀を突き立てては抜き、突き立てては抜きを繰り返している。
陸の顔はまるで、狂喜に満ちた笑みを浮かべている。
陸は成仏させようとしている訳ではない、ただ痛め着けて遊んでいるだけだ。
その証拠にわざと急所を外していることを、明日馬は悟った。
「止めろ!」
叫び声に反応した陸が、突き立てようと振りかぶった手を止める。
陸はゆっくりとその声がした方向を見る。
鮮血のような真っ赤な髪が、目を焼き付けて、更に唇を歪ませて、甲高い笑い声を上げた。
「あはは!誰かと思えば裏切り者の日向明日馬じゃん!あんたとはまた戦いたいと思ってたんだよ!」
その瞬間隙ができ、自分の上からどかそうと、力を振り絞り拳を振るう。
動きを読んでいたのか、陸は刀を持ち上げ、拳に突き刺した。
鮮血を派手に飛び散らせながら、満月は虚しくその場にうずくまった。
陸は刀を引き抜き、刀に突いた血を振り払うと興味が満月から明日馬に変わったのか、鋭い剣崎を突き付け、決闘の合図を送る。
「抜けよ、刀。
まだ霊媒師止めた訳じゃねぇんだろ?」
喧嘩を売られて明日馬は一瞬、息を飲み込む。
最初に陸と戦った時の記憶が、呼び覚まされた。
また、あんなことになったらどうするのだろう、また、自分を失ってしまったら…。
そんなことばかりが、脳裏をよぎる。
なかなか刀を解放しようとしない明日馬に、陸は苛立ち、刀を満月に向けた。
「抜かなかったら、もっとこいつが痛い目見るけど、それでもいいのか?」
明日馬は強く奥歯を噛むと、意を決したかのように拳を握り、ブレスレットをしている右腕をゆっくり持ち上げ、号令を掛ける。
真昼を抱きながら、心配そうにこちらを見つめる流星に気付き、チラリとそちらを見やると、覚悟を決めたかのように刀を構える。
「いいか、良く聞けよ、諸星!
俺があいつの相手をする!
だからあんたはその間に、料理をしろ!」
思いがけない提案だった。
こんな状況で料理をしろと言うのか?
「何言ってんだ!知ってるだろ、あいつの強さ!
お前一人じゃ…っ!」
言い終える前に、空音に続きを遮られると、目で何かを語りかけて来た。
「真昼…だったっけな、あんた。
怪我はもう大丈夫だろ?」
言われて怪我の痕を確認する、確かに痛みはもう消えてはいるが、再び刀を振る気力が全て回復した訳ではない。
だが、諦めてため息を吐く。
「当たり前でしょ。私を誰だと思ってんのよ」
半ば虚勢のような台詞を漏らし、ゆっくりと立ち上がる。
「お、おい!」
口を開いた流星を、今度は真昼が制した。
「分かってるわよ、絶対傷つけたりはしないって約束するわ」
一瞬なんのことか理解出来なかった流星だったが、満月の咆哮により全てを理解した。
「女は、女同士の方がいいでしょ!」
威勢のいい掛け声と共に、真昼は刀を握り直し、風を見に纏いながら突進した。
◇◆◇
二人を見届けると、流星と空音は店に戻った。
すると、まるでゲームの世界でも見てるかのような誠が、部屋の片隅に座り込んでいた。
「や、やっと帰って来たんか!
もう怖かったんやで!
満月ちゃんがいきなし化け物になるし、暴れ出すしで…!」
やや上擦った声ですがりついて来ようとする誠を制したのは、空音だった。
流星は、構うことなく台所に向かうと、エプロンを身にまとった。
その時、同様に空音もエプロンを閉めて、流星の隣に立ち、手伝うよ、とだけ言うと全てを理解してるかのように、真っ黒い鉄なべとガスコンロの準備を始める。
普段あんだけ自分の料理をただ食いしているだけで、料理をしている姿なんて見たことがなかった流星は、思わず目を丸くして、
「なんだよ姉ちゃん、料理できんの?」
と聞いた。
「無駄口叩いてないで、手を動かしな」
ぴしゃり、と短く説教垂れて、慣れた手付きで野菜を裁いていく。
流星は、ガスコンロが正常であることを確認してから火を着けた。
暫く鉄板を熱し、牛脂を薄く引いて行く。
鍋に油を引いたら、お好み焼き屋の店主が餞別にと渡してくれた、綺麗なルビー色を纏った立派な牛肉を、一枚だけ取って鍋に敷く。
そこに砂糖と醤油を適宜入れ、水気を出す為に空音が切った白菜をたっぷり入れて蓋をする。
暫くして蓋を開けて、一気に肉と野菜を入れて煮えるのを待ってできる料理と言えば、もうお分かりであろう、すき焼きである。




